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姉に全てを奪われた追放令嬢、辺境の村を再建します〜愛犬が転生した犬人少女と始める内政スローライフ〜  作者: 織部


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大魔熊


私が安全圏にいることを確認すると、大魔熊をいなしていたカリオンの動きが変わった。

「さあ、本気で行くぞ」

彼の持つ剣に光がこもり始める。


あの構え――一撃にすべてを賭ける型。

やっと動きを止めたカリオンに向かって、大魔熊が突進する。

「悪いが、今度は逃さないぞ!」

大魔熊の狙いは分かる。一撃を入れて逃走しようとしている。


次の瞬間。

魔物の姿が消える。

私には魔力の残滓で姿が見えるが、カリオンには見えていないだろう。


「やられる」

私は焦り、小さく呟いたが――

それは杞憂だった。

彼は目を閉じて、気配を感じることに集中していた。

視覚ではなく、呼吸と気配、わずかな空気の歪みを捉えている。


通り過ぎながら、横なぎにカリオンを捉えようとした左足に、彼の剣が振り下ろされる。

その剣は、鋼のような爪を斬り下ろし、そのまま魔熊の全身を真っ二つにした。

消えていた魔熊が、断末魔をあげる。地面に大量の血が流れる。


「二度、同じ手はくわないよ」

カリオンは大きく息を吐き、目を開いた。

たった一撃。その必殺の一撃を繰り出すために、どれほどの鍛錬と努力があったのかは私は知らない。

だが、一流の冒険者でも到達できない剣術だと、私は感じた。


「困ったわね。他の魔物もやってくるわね」

「ごめんなさい」

クロエは半泣きの顔で謝る。肩が小さく震えている。彼女も役に立ちたかったのだ。

私はクロエを抱きしめ、その頭を優しく撫でた。


「たいしたことありませんわ、お姉様」

セレディナが風を起こす。

その風には、魔熊の死の匂いが含まれている。血と魔の気配が混じった、濃い風だ。

魔物たちの近づいてきた気配は、一転して恐れるように遠ざかる。ざわめいていた気配が、嘘のように消えていった。


「これで大丈夫です。安心してください!」

セレディナの言葉に頷くと、私はクロエに声をかけた。

「魔笛を使えるのは、限られた者だけ。自信を持ちなさい」

「ええ、エルフ族でもまれよ。訓練しましょう!」

「そうする、主」


やっと笑顔が戻ったクロエが尻尾を振っている。先ほどまでの怯えが嘘のようだ。良かった。私は小さく息を吐き、安堵した。

洞窟の脇で倒れていたドワーフが立ち上がって、カリオンに近づく。土埃を払いながら、こちらを睨みつけた。


「お前たち、何者だ?」

失礼な言い草だ。助けてもらった礼から会話を始めるべきだ。

「セレディナ、カリオンの元へ」

彼女に抱かれて私は、ドワーフの前に降り立った。


「それは、私たちのセリフよ。ここで何をしてるの?」

「採掘だ。ここは誰の土地でも無い。問題無いだろう?」

私たちを冒険者の一団だと誤解しているようだ。しかも、恩をきせてせびる面倒な連中だと。死にかけていたことは、彼の頭からもう消えている。


「いいえ、法律上は、ワールドエンド領のものよ」

「はっ。それならミラー執政官に聞いてくれ。俺たちは、税も納めてるし、採掘許可も得ている」

「貴方たちがガストン家ね? 探していたのよ」

ドワーフの棟梁だろう大男は、表情を変え叫んだ。目の色が露骨に変わる。


「その名前……なんだ、ミラーの旦那の仲間か。最初からそう言えよ!」

急に馴れ馴れしい態度に変わる。口元には作り笑い。だが、その目は笑っていない。

私は逆に警戒を強めた。


――やはり、おかしい。

洞窟を見たときから、妙な感覚がつきまとっている。

洞窟から漂う、異様な気配。魔物とも違う、もっと濃く、澱んだもの。


「カリオン、お願い」

「わかった」

彼は私の意図に気づいて、躊躇なく洞窟へと走り出した。足音がすぐに闇の中へ吸い込まれる。

「おい、待て。採掘場に入るのは許さん」

エイトラの声がわずかに強張る。


「どうして? ただの見学よ!」

私がそう言うと、エイトラは一瞬言葉に詰まり、視線を逸らした。額に汗がにじむ。

「危険だろう……」

絞り出すような声だった。


この中で飛び抜けて強いカリオンが危険とは。言うにことかいて、危険とは。思わず笑みが漏れる。

「隠したい物でもあるの?」

「そんな物はない。ある訳ないだろう。ま、好きにしろ」


怒ったふりをしているが、声に微かな揺らぎがある。ドワーフの男からは、隠しきれない焦りの色が見える。

「名乗ってなかったわね。シズカよ」

「俺は、エイトラだ。ガストンは出かけている。ところで、ミラーの旦那はどこだ? 待て、言わなくていい。冒険者と奴隷の犬とエルフを連れてるってことは、お前、ミラー旦那の愛人だな?」


「はぁ!」

クロエが怒って、私をすり抜けて、エイトラに飛び掛かろうとする。耳がぴんと立ち、瞳が鋭く細まる。

「待ちなさい、クロエ」

だが、素早い彼女は既に、鋭い爪を出して男を引っ掻いた。


「痛えじゃねえか! 何しやがるんだ!」

だんっ、と彼女の体を投げ飛ばしたが、彼女は曲芸のように宙返りして地に足をつけた。砂煙が舞う。

次の瞬間、突風が唸りを上げる。


エイトラの体は、洞窟の壁に激突した。大魔熊に投げられた時以上の衝撃だ。岩肌に鈍い音が響く。

「がはっ」

「シズカお姉様への失礼な発言。万死に値します。死んで詫びなさい」


セレディナの風魔術が、転がるドワーフを捉えて、何度も壁にぶつける。空気そのものが刃となり、容赦なく叩きつける。彼女は、魔術を止める気配が無い。


「セレディナ、クロエ。ありがとう。もう充分よ」

丈夫なドワーフのことだ。体力を削られただけだろう。殺す必要はない。

「待て待て。間違えただけだ! 悪かった。ミラーの知り合いだろう? 聞いてくれ、仲が良いんだよぉ」


よろよろと両手を挙げて立ち上がる。声は情けなく震えている。

「知り合い? そうね、奴は元執政官代行。そして、今は私が執政官よ。ミラーに質問は出来ないわ、もう、この世にいないもの」

「は? 何だって、ああ……思い出した。俺はミラーの奴と仲良くなんか無かった。困ってたんですよ。執政官殿」


急に、発言の中身を変えた。舌の根も乾かぬうちに、だ。こう言う奴は信用できない。

その時、カリオンが洞窟の中から走りながら戻ってきた。

息は乱れていないが、その目は明らかに何かを掴んでいる。


「面白いものを見つけたよ!」

「面白いもの? ただの採掘場だが……普通の鉱石しか取れんぞ」

エイトラは即座に否定した。だが、その返答は早すぎる。

「じゃ、これは何だ?」


カリオンは、手に持っていた物を奴の足元に放り投げた。乾いた音を立てて転がっていった。


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