困ったチーム
そのとき、周囲の木々から、淡い光を帯びた粒子がふわりと浮かび上がり、ゆっくりと彼女のもとへと引き寄せられていく。緑や淡金色の光は、どこか温もりを帯びていた。
だが一瞬だけ、その流れがわずかに乱れた。
すぐに何事もなかったかのように、粒子は彼女を包み込み、静かに溶け込んでいく。
「明るいわね、セレディナ」
「お姉様、見えるのですか?」
私が言うと、彼女は驚いたようだ。
「ええ、私は魔術は使えないけど、なぜか見えるのよ」
「凄い! エルフでも、私でも見えないのです。さすがお姉様です」
「褒められるなんて恥ずかしいわ。さあ行きましょう」
能力のことで褒められたことのない私は、恥ずかしい気持ちを隠すために歩みを速めた。
だが、大魔熊は見つけられなかった。
「なぜ、こんな浅い場所に出たのかしら?」
大魔熊の特性として、縄張りがある。奴らが決めた縄張りを超えてくるのには、それなりの理由があるはずだ。
ただ偶然ではない――確信が私にはあった。
「わかんないな。縄張りに餌がなくなったか、危険があるかだな」
「どうしようかな……もう少しだけ奥に進んでみよう」
魔物の住む広大な森、その先には険しいエベレスの山が聳える。
その山の方角から、わずかにだが空気の重さが違う気がした。
「プロストに聞けば良かったな」
山歩きをしている彼ならば、詳しいだろう。地形だけじゃない、この“違和感”の正体を知っているだろう。
しばらく歩いていると、先頭を行くクロエが歩みを止めた。
「人の声が聞こえます。魔物と戦ってるようです」
耳を澄ますと、確かに――押し殺しきれない恐怖の叫びが混じっていた。
「行こう!」
私は、カリオンに背負われて、戦場へと向かった。迷いなく一直線に向かうクロエの後に私たちは続いた。
エベレスの山裾に面した場所に巨木の壁が見えた。砦だが、その壁の一部が暴力的に倒され破壊されている。
ただ壊されたのではない。“叩き割られた”ような、明確な侵入の意思を感じる破壊跡だった。
「ここから侵入したんだろう」
砦の中に続く足跡はくっきりと深く大きく、私たちが探していた大魔熊の足跡と同じだった。
「間違いないな」
その足取りには迷いがない。最初から破壊するつもり――いや、“ここを目指していた”ようにすら見える。
隙間から、魔物の唸り声と低い人族の大声が聞こえる。
「早く! 早く! こっちだ!」
「隙間なく盾を並べろ!」
逃げ惑う男たちを、誘導しているのは頑丈な兜をかぶったドワーフ族らしい大男だ。その手には彼の得物たる大斧を携えていた。
「ここを通すな! 洞窟に入れさせるな!」
――ここで折れたら、終わりだ。
魔熊は、大男を狙う。素早い動きで、前足を振るう。しかも、その前足には魔力の残滓が見える。
大男は大斧で、魔熊の鋭い爪を受け止める。
だが、その衝撃に足元の地面が抉れ、彼の膝がわずかに沈んだ。
もう一方の前足が近づくと、ドワーフの大男は、スッと下がる。
「今だ、放て」
洞窟の前に並べられている盾の奥から、一斉に矢が魔熊に向かって飛んでいく。
だが、魔熊の周りに暴風が起きる。魔熊の風魔術によって、矢はあらぬ方向に飛んでいった。
風はただ防ぐだけではない。明確な意思を持ったように軌道を捻じ曲げている。
そして、風を纏った魔物は、ゆっくりと再び前進を開始した。
その一歩一歩が、まるで“目的地へ進む”かのように迷いがない。
「まずいわ、カリオン。助けに行って!」
「他人の得物を横取りするのは……それに、シズカを守らないと……」
「大魔熊の魔力が一回りも二回りも大きくなってる。もう圧倒的な差があるわ。早くして」
……違う。ただ強いんじゃない。魔力の流れが歪んでる。こんなの、普通じゃない。
悠長に構えているカリオンに、私は急かした。
「そうです。こちらは私がお守りしますので。カリオン様はとっとと……」
セレディナは、私の手をひくと、カリオンを前に押し出した。
「わかったよ」
大魔熊の爪を再び受けようとしていたドワーフは、今度は受け止められず、投げ飛ばされた。
ガシャ ガシャ ガシャ
洞窟の前に並んだ大盾に突っ込んだ。大盾を支えていた男たちも一緒に、ごろごろと転がり、洞窟の壁にぶつかりやっと止まった。
「くっ……まだだ……立て!」
血を吐きながらも立ち上がろうとする。
やはりだ。さっきと力が数段上だ。
「お前の敵は俺だ」
カリオンが近づくが、無視して洞窟へと向かおうとしている。
やはり、狙いはあそこ――。
ピィー ピィー
クロエが、口笛を鳴らす。
「これで奴はこっちに来ます」
その音は、森の中に響きわたるようだ。
次の瞬間、遠くの木々がざわりと揺れた。
……魔物を呼び寄せる口笛だ。もう、クロエったら何をしてるのよ。
大魔熊は、振り返るとカリオンを見つけて睨みつける。傷つけた敵を認識したのだ。
「それじゃ、高みの見物と致しましょう」
セレディナは、私を抱き抱えると飛んだ。木の柵の上にある物見台まで軽々と。
「待ってくださいよぉ〜」
クロエも負けずと登ってきた。垂直な木を上手に登ってきた。
「セレディナ、援助を!」
「それじゃ、少しだけお手伝いします」
彼女が手を前に突き出した瞬間、大魔熊を覆っていた風はぴたりと止んだ。
消えた、ではない。“存在を許されなかった”かのように、跡形もなく消失した。
大魔熊は驚き、苛立ちを振り払うように激しく首を振り、焦るように再び魔術を発動させようとした。
だが、どれだけ力を込めても――風は、もう二度と起こらなかった。
詠唱も、間もなかった。ただ“そこにある風”が、彼女の意志で消えた。
風魔術を完全にレジストしたのだ。
「凄い! セレディナ」
「もっと褒めてください。お姉様。カリオン様の勇姿を見守りましょう」
彼女は笑って言った。
困ったチームだ。一人は勝手に魔物たちを呼び寄せるし、もう一人は圧倒的な力があるのに、戦おうとしない。
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