騎士の誓い
カーティスが一歩前に出て、深く頭を下げた。
「一つ、お願いがございます!」
「何ですか?」
私が応じると、彼は迷いなく言い切った。
「グレイを、シズカお嬢様の使用人として、お使いいただけませんか?」
「人材が足りていないのは事実ですが……代行とするわけにはいきませんよ。あくまで使用人として、雑用をお願いすることになりますが……」
出来ない約束をするつもりはない。私ははっきりと線を引いた。
「グレイは王都の学校にも通い、最低限の教養は身につけております。きっとお役に立てるはずです……グレイ、お前からもお願いしろ!」
促され、グレイはわずかに視線を伏せる。
やがて、小さな声で呟いた。
「……雑用……お願いします」
その弱々しさに、レオナールの声が鋭く飛ぶ。
「さっきまでの威勢はどうした。腹から声を出せ。覚悟がないならやめろ――ヴァイスウルフェン家が恥をかく」
そして、一歩踏み込む。
「グレイ。お前は、シズカお嬢様のために死ねるのか?」
空気が張り詰めた。
グレイは答えない。
だが――ゆっくりと、地に膝をついた。
そのまま頭を垂れ、静かに言葉を紡ぐ。
「我が命、シズカ様のために」
それは、ただの願いではない。
――騎士が主に捧げる、忠誠の誓い。
軽い言葉では済まされない。命そのものを差し出す、絶対の契約だ。
張り詰めた空気を破ったのは、場違いなほど明るい声だった。
「私も……」
「うん。あたりまえ」
クロエとピクシアが、当然のように同じように膝をつく。
私は思わず声を上げた。
「何やってるの? 遊びじゃないのよ?」
けれど、二人は迷わない。
「遊び、違う」
「私たちも、主様――大事な人」
その真っ直ぐな言葉に、胸の奥が熱くなった。私は静かに息を吐く。
「クロエ、ピクシア。ありがとう。でも、これは騎士の儀式だから」
二人をそっと立たせる。
そして私は、ウルフェンハルトの剣を抜いた。
広間に、しんと静寂が満ちる。
グレイの肩へ、静かに刃を当てる。
「グレイ――我が騎士と認める」
見せかけの剣。
魔力の出ない私の代わりに、光の魔術が淡く放たれる。
その瞬間、場にいた者たちから自然と拍手が起きた。
レオナールが、静かに告げる。
「――再び、ヴァイスウルフェン家がウルフェンハルト家に仕えた日だ」
それから、屋敷の広間には、ヴァイスウルフェンの一族と、その縁に連なる者たちが集められた。
私は、領民集会の参加証を一人ひとりに手渡すことになった。
それはどこか、卒業証書の授与のようでもあり――思わず笑みがこぼれる。
「シズカ様の歓迎会を……」
カーティスのその一言に、場の空気がやわらいだ。
※
「そんな歴史があったんですね!」
ヴァイスウルフェン家とそれに従う周辺の家による歓迎会を、私たちは受けることになった。私が相手をしているのは、老人たちだ。
「ああ、それでな。わしらの小さい時は、ここらではまず麦が育たなかったんだ」
「つまり、狩猟や魔物を討伐して、取引をしていたんですね」
「そうだ。まあ、昔より比重が減ったが、それでもそれらが収入の中心だ」
だが、魔物狩りには、危険がつきものだ。
そこにいる老人たちの中にも、腕のない者、義足の者がいる。彼らは、その被害者だろう。――いや、それだけで片付けていい人たちではない。
片腕の老人が、胸を張る。
「これは、勇敢な証だ」
すると隣の義足の老人が、からからと笑った。
「いや、お前の場合は、慌てて逃げて転んだんだろう」
「はは、違いねえ」
楽しげに、昔話にして、笑い話にする老人たち。
その軽口の裏に、どれだけの死線があったのか、私には想像しきれない。
「いえ、強い魔物と闘う。間違いなく、勇者ですよ!」
魔物討伐隊で、私は恐怖に怯えたことは何度もある。足がすくんで動けなくなったことも、一度や二度じゃない。その度に、冒険者仲間に励まされていた。戦闘員でも無いのに。
――それでも、やるべきことすら満足にできなかった。
「シズカがいるだけで、俺たちは頑張れる」
ラファーガたちの言葉が、私を奮い立たせた。そんなことを思い出していた。
※
この地方の料理と、酒が、広間に次々に運び込まれた。
「狩ってきたばかりの鹿肉のローストだ。シズカ様、美味しいですよ! 冷めないうちにどうぞ!」
「ええ、頂きます」
焼き上がった鹿肉は、噛むほどに濃い旨味が広がるのに、後味は驚くほど軽い。微かに野草の香りが抜けた。
私の好きな味に、思わず微笑んだ。
レオナールはカーティスたちと語らい、クロエやピクシアは侍女の手伝いをしながら仕事を学んでいる。
「ねえ、遊ぼうよ! 黒犬!」
「今は仕事中だから、後でね。黒犬じゃない、クロエよ」
遊びたそうな子供たちが、代わる代わる声をかけてくる。
それを軽くいなしながらも、クロエはどこか嬉しそうだった。
「遅くなりました。今日は泊まっていって下さい」
「今度、狩りに同行させて下さい。領民集会お待ちしています」
「もちろんです!」
領民に見送られて、私たちは帰路に着いた。
グレイが御者をして、レオが助手席で指導をしている。私は、仕方なく客車に入る。クロエを膝枕して、頭を撫でる。
幸せな時間だ。
「ピクシアもおいで」
声をかけると、ピクシアは一瞬きょとんとした顔をしてから、ぱっと表情を明るくした。
「……いいの?」
「もちろん」
遠慮がちに近づいてきた彼女の手を取り、隣に引き寄せる。軽い体が、そっと私にもたれかかる。
クロエはすでに目を細めていて、撫でる手に安心しきっている様子だった。
「……あったかい」
ピクシアがぽつりと呟く。
「そう?」
「うん。ここ、すき」
小さな声。けれど、はっきりとした言葉。
私は思わず、二人の頭を一緒に撫でた。
馬車はゆっくりと進む。車輪の軋む音と、規則正しい蹄の響きが、心地よい揺れを運んでくる。
前方からは、レオの落ち着いた声が聞こえてきた。
「轍に乗せるな」
「……はい」
「揺れる」
グレイの返事はまだ固い。だが、その声には先ほどよりも確かな芯があった。
「……ねえ、シズカ」
うとうとしていたクロエが、かすかに声を上げる。
「なに?」
「……ちゃんと、守るから」
眠りに落ちる直前の、曖昧な言葉。
私は小さく笑って、そっと答える。
「ええ、知ってる」
ピクシアも、静かに頷いた。
馬車は、帰る場所へと進んでいく。
その揺れの中で、私は二人の温もりを感じながら、静かに目を閉じた。




