ヴァイスウルフェン家
「なんですか、それは?」
「簡単に言うと、私から大事な話があるの。だから領民の皆さんに直接話そうと思って」
「わかりました。知り合いに声をかけます。いつですか? 今日ですか?」
彼らはイベントごとが好きらしく、すぐに身を乗り出してくる。
「ううん。出来るだけ参加してほしいから、一週間後の夜。この場所で」
それから私は言葉を続けた。
「それと――アレンだけ残ってくれる?」
忙しい建築工房のアレンを呼び止めたのには理由がある。
※
応接室に移動して話をすることにした。
ミラーの屋敷から運び込んだ高級なソファとテーブルが並ぶ部屋を、アレンは興味深そうに見回している。
「アレン。まずは執政官邸の修理費用の件だけど、大金貨五枚で足りるかしら?」
それはレオと綿密に試算した金額だった。
「え? 貰いすぎです。作業はほとんど村人がやってくれましたし……材料費だけ頂ければ十分です」
「そう。ありがとう」
私は返された大金貨三枚を受け取った。
それから、彼の工房についていくつか質問する。
「つまり、村の人口が増えて、あなたの工房は大忙しなのね」
「はい、お陰様で」
「でも、それだけじゃないわよね?」
ルーナの町には大きな建築工房が幾つもある。
だから、それだけで仕事が増える訳がない。
「早い。安い。それに細かな修理も……」
「珍しく謙遜するのね」
私は机の上に私の書いた完成予定図を広げた。
「これを冬までに完成させたいの。設計図と見積が欲しいわ。領民集会までに」
それは獣人族の長屋。学校。そして行政庁舎。三つの建築計画だった。
「え? もう数ヶ月も無いですよ」
「ルーナの村の工房にも一応見積依頼は出す予定よ。頑張ってね」
「……わかりました。負ける訳にはいきませんね」
アレンの顔が引き締まった。
私だって、本当は領内の業者に依頼したいのだから。
※
私は、領民集会に向けた準備の一つ、領民集会の参加証を作っていた。文字書きの得意なセレディナが手伝ってくれた。
ふと、彼女が口を開いた。
「シズカ様、お願いがあります!」
「どうしました?」
彼女に渡した支度金で、エルフたちの仕事の道具を揃えていた。薬の調合道具と原料、仕立て道具一式に生地に糸。それと狩の道具。
「狩猟に行きたいとの要望があがりまして、森に行っても構いませんか?」
一瞬だけ、思考が止まる。山脈の麓の森。魔物が出る場所。
「ええ、もちろんです。貴方達に失礼とは思いますが……怪我のないように」
「シズカ様は心配性ですね。じゃあ様子を見に行きましょう」
屋敷の裏手に、レオナールや獣人族、エルフ達によって造られた簡単な練習場が完成していた。早朝から作業の音は聞こえていたが、もう完成するなんて。
レオナールが、獣人族に丁寧に武器の扱いを教えている。
「全員、経験があるだろうが、私のいる間、基礎を教える。不満だろうが、より強くなれる」
「わかりました」
全員が、礼儀正しく返事をする。
統率が取れているのは、獣人族の特色だろう。
その奥の弓の練習場では、エルフが真剣な顔で、手に入れた弓の調整をしている。
的が並び、ドスッ、ドスッと、矢が突き刺さる音が響いている。矢は全て、的の中心にあたる。しかも威力がある。
さらに、エンチャントした魔術の矢も。
「さすが、ラファーガの一族ね」
「それは褒めすぎです。お兄様には敵いません」
だが、彼らの実力は本物だ。冒険者としても、中級以上だろう。私は、静かに頷いた。
「それじゃ行きましょう」
私は、エレノアが準備した執政官の外出用の服に身を包み、静かに屋敷を後にした。布地は動きやすさを重視したものだが、防御力があり、“権威”を示す装いだ。
領民集会の参加証を作成し、それを手に、私たちのもとへ顔を出さない領民たちを一軒ずつ訪ねて回る。
古い情報のまま更新されていない地図は、ほとんど役に立たない。道は風化し、家は増え、あるいは空き家となって放置されている。
ミラーの帳簿から把握できた領民の数は、およそ四百人。だが、そのうち私と面識があるのは百人にも満たない。
ワールドエンド領は、エベレス山脈の麓に広がる広大な土地だ。
しかし長らく、入植者はほとんどいないと考えられていた。
理由は明白だ。
冬の厳しい寒さ、痩せた土地、そして隣接する山脈の森に棲む魔物たち。
「……それなのに、なぜ人口が増えたのか」
思わず、独り言が漏れる。
本来ならば、その答えを知る機会はあった。
――ミラーは、すべてを知っていたはずだ。
だが私は、それを聞かなかった。
聞く前に、処刑した。
胸の奥に、わずかに残るざらついた感情を、私は意識的に押し殺す。
後悔ではない。ただ――あの男の言葉を最後まで聞くことだけは、どうしても許せなかった。
これは、私の意地だ。
「ロン爺のところにお願い、レオナール」
「かしこまりました」
クロエとピクシアも同行している。
クロエは地図の作成、ピクシアは参加証の配布を担当している。どちらも初々しい様子で準備を整えていた。
長老屋敷に近づくと、門の前で待っていたかのように、彼の愛犬が軽く尾を振りながら駆け寄ってくる。
「どうしたんじゃい?」
すっかり顔なじみとなったロンが、少し慌てた様子で門まで出てきた。
「突然すみません。教えていただきたいことがあって」
「ほう……こんな老いぼれに、まだ役に立つことがあるかのう」
軽く笑うが、その目は鋭い。こちらを値踏みするようでもあった。
「ええ。長老でないと分からないことです」
私がそう言うと、ロンは一瞬だけ目を細め、それから小さく頷いた。
どんな土地にも歴史がある。その積み重ねを知らずして、統治などできるはずがない。
「唐突な話だと思うがな……ウルフェンハルト家の子孫も、この領地に住んでおる」
「え? そうなんですか?」
「ああ。無論、お前さんのような直系ではない。北部に領地を広げた際、この地に残った傍系の者たちじゃ」
私は家宰のレオに視線を向ける。
彼はわずかに微笑んだだけだった――いつもの、答えを急がせない顔だ。
「……ちょっと待って」
私は招待状をテーブルに広げる。それは各家の納税者代表宛てのものだ。その中に、同じ名が何度も現れている。
「……『ヴァイスウルフェン家』」
私は顔を上げた。
「この方々ですか?」
「そうじゃ」
ロンは頷き、少しだけ声を落とす。
「シズカ様には申し訳ないがの。彼らに執政官邸の掃除を呼びかけるのは控えた」
「……それは、どうして?」
「ミラーの強引な徴税でな。誇りを踏みにじられたと、相当腹に据えかねておる」
なるほど、と私は小さく息を吐く。
「わかりました。直接、会ってみます」
そして、もう一つ気になっていた名前を指差した。
「それと、この『ガストン家』。大家族みたいだけど……何をしている入植者なの?」
ロンは一瞬、口元を緩めた。
「はは……大家族、か。あやつらは採掘家と鉱夫の集まりじゃ。森の奥に住んでおる」
「森の中に……?」
私は思わず言葉を繰り返した。エベレスの麓の森には魔物が出るはずだ。
それを避けて人は寄りつかない――そう聞いていた。
「詳しい場所までは分からんがの。あやつらは数年前から住み着いた」
「……ありがとう、ロン」
ロンでさえ把握していない場所。そして、この北の地で鉱山が存在するという事実。
ガストン家――数十名規模の領民。放置していい存在ではない。
(探して、会う必要があるわね)
私はそう結論づけた。屋敷を後にし、馬車に乗り込む。
助手席に腰掛けながら、私はレオナールに問いかけた。
「……もしかして、ヴァイスウルフェン家からは、これまで徴税していなかったの?」
レオナールは、わずかに肩をすくめた。
「名前を見るまで、私も完全に忘れてました」
責めるつもりはない。これは単純に、私の情報収集不足だ。
「いわゆる“不文律”です。彼らの籍は、形式上ウルフェンハルト家にあります」
「つまり……ミラーが徴税を始めるまでは、本家が肩代わりしていた?」
「その通りです」
レオナールは一拍置いて、続ける。
「ですが、時代は変わりました。これからどうするかは――」
「私の判断次第、というわけね」
彼は何も言わなかったが、それが答えだった。ワールドエンドの旗をつけた馬車は、寂れた道を進む。
道沿いには、ぽつりぽつりと家が建っている。
一軒見つけては止まり、訪ねる。それを繰り返すしかない。
「ワールドエンドの執政官が参りました」
レオナールが告げると、扉の向こうで気配が動き、やがて住人が顔を出した。
明日も、20時更新します。
よろしくお願い申し上げます。




