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姉に全てを奪われた追放令嬢、辺境の村を再建します〜愛犬が転生した犬人少女と始める内政スローライフ〜  作者: 織部


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返還の帳簿


「さあ、帰りましょう」

「かしこまりました。カリオン様は……」

「寝てるわ。彼の秘密に関わることだから詳しくは話せないの」


 レオナールは何も言わず、私を馬に乗せた。

 ――その無言が、かえって心地よかった。

 執政官の屋敷へ戻った私は、思わず足を止めた。

隣の空き地の様子が、すっかり変わっていたからだ。


 ――目を疑うほどの変化だった。

ついこの前まで、背丈ほどの野草が生い茂っていた場所。

それが今ではきれいに刈り払われ、その上にいくつものテントが整然と並んでいる。


簡素ではあるけれど――

もう、立派なテント村だった。

どうやらエレノアが、ルーナの村で色々と仕入れてきたらしい。


夕餉の匂いが、風に乗って漂ってきた。肉を焼く香ばしい匂い。鍋の中でぐつぐつと煮えるスープの温かな香り。

思わず、お腹が鳴りそうになる。


「お帰りなさい!」

声をかけられて顔を上げると、獣人たちがこちらに気づき、作業の手を止めて一斉に頭を下げていた。

テントの周りには生活用品が並び、調理道具も整えられている。


洗った衣服が風に揺れ、布がぱたぱたと乾く音が聞こえた。

 ――穏やかな音だ。

よく見ると、獣人たちの服装も変わっている。以前の擦り切れたボロ服ではない。

きちんとした衣服に着替えていた。


 ――それだけで、人はここまで変わるのか。

そのせいだろうか。みんなの顔色が、どこか明るい。

「いい匂いね」

 私がそう言うと、近くにいた獣人が少し誇らしげに笑った。


 彼らがこうして伸び伸びと生活しているのを見ると、こちらまで嬉しくなる。

 胸の奥が、じんわりと温かくなる。

……今までは、執政官屋敷の中で肩を寄せ合って雑魚寝していたのだ。あれは、きっと辛かっただろう。


「はい、食べていかれますか?」

 大鍋をかき混ぜていた獣人が、遠慮がちに聞いてくる。

「うーん。ごめんなさい。エレノアが作ってるから」

 そう答えて手を振り、私は執政官邸へ向かった。

 ――後ろ髪を引かれる思いだった。


官邸の食堂では、すでに食事の準備が整っていた。

クロエたちメイドにも席に座ってもらい、今日は全員で食卓を囲む。


 ――立場の違いを越えた、ひとつの卓。

 食事の音。穏やかな会話。柔らかな空気で満たされている。

けれど、その何気ない会話の中には、私が知らなければならない情報が混ざっている。


 ルーナの街の商店の様子。獣人族やエルフの暮らしに必要なもの。それをどのように準備したのか。

 そして私は、エレノアの知恵を盗み、学ぶ。

 報告書だけでは分からないことがある。だから私は、スープを口に運びながら何気ない顔で皆の話に耳を傾けていた。


 聞き逃さないように。見落とさないように。

「それじゃあ、レオナール。相談に乗ってくれるかしら」

 これから私は、ワールドエンドの執政官として、ウルフェンハルト家の家宰様と正式な交渉を行う。


 引き締まった表情を作った――つもりだったのだけれど。

 それが逆に面白かったのか、エレノアがくすりと笑った。

「もう、さ。私の部屋に来て」


 私はレオの手を取る。

 ――その手の温もりに、わずかに気が緩む。

 食後のコーヒーをゆっくり飲んでいた彼は、少し驚いた顔をした。つい、レオの前だと表情が緩んでしまう。


 ――安心してしまっている自分に気づく。

「税の支払いのことなら、いつでもいいとお話ししましたが……」

「そうはいきません。私はウルフェンハルト家の侯爵の娘です。そんな私が甘える訳にはいきません」


「……わかりました」

レオナールは静かに頷いた。

本当はゆっくり酒でも飲みたいだろう。けれど、それは後だ。不慣れな領民経営だ。ここは大先輩の意見を聞いておきたい。


私たちは通帳と帳簿を机いっぱいに広げた。納税者リストを作り直す。もちろん、ミラーの裏帳簿も突き合わせながらだ。


 紙の擦れる音が、静かに積み重なる。

隣の机では、エレノアがクロエとピクシアに出納帳の書き方を教えている。


「クロエ、使った項目と金額は右側に書くのよ。もらった伝票は必ず貼り付けて」

「はーい」

「ピクシア、あなたはお金を数えなさい。間違いがないように、二人で交代で見直すの」

クロエは文字を知らないが、一度教えると覚える。記憶力が飛び抜けて良い。


ピクシアは計算が得意で、四則演算を暗算でも間違えない。

 ――頼もしい。

 私はその微笑ましい光景を横目に見ながら、帳簿をめくり続けた。


 ページをめくる指先に、少しだけ力が入る。やがて、数字がすべて繋がる。

 ばらばらだったものが、一つの形になる。


「つまり――」

私は顔を上げた。

「ウルフェンハルト家への未納が大金貨二千枚弱。そして領民からの不当な増税が、大金貨千枚……そういうことね」

 言葉にした瞬間、重さが増す。


レオナールはゆっくり頷いた。

「そうなります。ただ、税の追加徴収自体は制度として認められています」

「いえ」

私は帳簿を閉じた。ぱたり、と音が響く。


「これは正式な手続きを踏んだものではありません」

 一瞬、部屋の空気が止まる。誰も、言葉を発さない。


「ですから――領民に返金します」

 言葉が、重く沈む。

 それでも、私は視線を逸らさない。

 ――逃げない。

それからレオナールは小さく息を吐いた。


「……わかりました。珍しい例ですが、シズカお嬢様らしい」

話し合いの結果。領民への返金を優先することになった。

侯爵家には、大金貨五百枚を四年分割で追加納税することで話がついた。

 ――痛みはある。だが、必要な選択だ。


翌日。

獣人族を迎えに来たマークスたちを前に、私は高らかに宣言した。


「『領民集会』を開きます」ざわめきが広がる。

 ――きっと、荒れる。

 それでも私は、自分の道を行く。


お読み頂きありがとうございます。



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