招かざる旗
警戒と不信が入り混じった視線。無理もない。
互いに名乗り、形式的な挨拶を交わす。どの家でも、最初は決まって同じ空気になる。
「……ところで、ミラーのやつはどうしたんですか?」
やはり、その質問が来る。
ほんのわずかに息を整えてから、私は答えた。
「彼は執政官代行として不適格と判断しました。現在、適切な対応を取っています。詳細は領民集会で説明します」
一瞬の沈黙。
誰かが小さく息を呑み、別の誰かが隣の顔色をうかがう。
誰もが、こちらの言葉の裏を探るように目を細める。
それから――
「……そうか」
「やっと、あいつにも罰が下ったんだな」
安堵する者。露骨に表情を緩める者。
中には、まだ半信半疑のまま、値踏みするようにこちらを見つめ続ける者もいる。
反応は様々だが、共通しているのは一つ。
――ミラーは、嫌われていた。
「こちらが領民集会の招待状です。必ずお持ちください」
クロエとピクシアが差し出すと、住人たちは頬を緩め、それを大事そうに受け取った。
まるで、それ自体に価値があるかのように――その一枚が、自分たちの声を届かせるための“通行証”であるかのように。
ワールドエンドに住む者は様々だ。
先祖代々この地に根を張る者、流れ着いた者、そして――逃げてきた者。
「だが、私たちは出かける手立てが無い。それに執政官邸は遠いから……」
ためらいがちに告げられたその言葉に、私はすぐに頷いた。
「わかりました。馬車を手配しましょう。――その代わり、色々とお聞かせくださいね」
一瞬の驚き。
そして、相手の表情がゆっくりと崩れる。
「ああ、ありがとう。是非、参加させてもらうよ」
時間を惜しまず耳を傾けていると、やがて相手の警戒はほどけ、少しずつ本音がこぼれ始める。
言葉の端々に滲む不満、諦め、そして――かすかな期待。
そうして私は、広い領地をくまなく巡っていった。
一軒一軒、足を止めては話を聞く。その繰り返しだ。
「なかなか数が減らないわね」
思わず小さく息をつくと、隣でクロエがくすりと笑った。
「それは、主様が聞き上手だからですよ」
「そうかしら?」
首をかしげながらも、すぐに小さく笑みが浮かぶ。
「だって、面白いじゃない。いろんな生き方があって」
この地に生きる者は、一人として同じ道を歩んではいない。
それぞれが事情を抱え、それぞれのやり方で、この土地に根を張っている。
――それを、私はようやく知り始めていた。
※
翌日。ワールドエンド領の中央を流れる川を越える。
「立派な石橋ね。しかも新しい」
陽光を弾く水面を背に、ゆっくりと橋を渡りきる。
その先で、エベレスの山が間近に迫ってきた。空気がわずかに冷たい。
廃屋の並ぶ家並みの先に、いくつかの新しい家屋が見えた。
風除けの壁が設けられているのが、この地域の特色らしい。吹き抜ける風が、その壁に鈍く当たっている。
子供たちの遊ぶ声が、壁に反響していた。
新しい家々の並ぶ道に馬車が踏み入れた瞬間――
ある家の扉が勢いよく開く。
一人の男が飛び出してきた。猟師の格好をした無骨な青年。
こちらを射抜くように見据え、そのまま迷いなく歩み寄ってくる。
「久しぶりにその旗を見るな!」
「……また、奪いに来たのかよ」
声には、懐かしさと――押し殺しきれない熱が混じっていた。
喜びではない。もっと濁った、刺すような感情。
そして男は、ためらいなく馬車の前へと立ちはだかる。
馬が小さくいななき、足を止めた。御者台に緊張が走る。
それでも――男は動かない。空気が、ぴんと張り詰める。
この男から染み出す強力な敵意に、私は青ざめ、思わずレオナールの腕を掴んだ。
だが、レオは臆することなく、その男に声をかけた。
「通してもらえないかな? 家々を回っている途中で忙しいのだ」
「はぁ、この道は私道だ。許可が無く先には行かせん!」
ぴくりとも退かない。視線が鋭く食い込む。
「そうか……」
一拍。
レオナールは何も言わず、ただ手綱を引き――
一瞬だけ、男の足の位置を見極める。
次の瞬間、馬に強く鞭を入れた。
馬が嘶き、馬車が一気に前へ出る。
「うわっ――!」
青年は、ぎりぎりのところで飛び退き、地面に転げた。
乾いた土煙が舞い上がる。
「怪我はないようだわ……」
振り向きながら確認するが、胸の鼓動は収まらない。
馬車は、そのまま新しい家々の奥へと進み、周囲を圧倒するひときわ大きな家の前で止まった。
背後から、荒い足音。
全力で走り、剣を抜いて馬車を追ってくる青年が、ついに追いつく。
「くそっ、待ちやがれ! ただじゃ済まさねえ!」
まずい、戦闘になる――。いや、彼が怪我をしてしまう。
その時、屋敷の扉が開いた。
「何をしておる、グレイ。剣を納めよ!」
低く、よく通る声。
「だって、カーティス様、コイツらが勝手に……!」
「早くしろ!」
叱責は短く、だが逆らう余地を一切与えない。
周囲で様子をうかがっていた者たちが、思わず一歩距離を取る。
グレイと呼ばれた青年は、歯噛みしながらも動きを止め、やがて渋々剣を地面に突き刺した。
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