カリオンの住まい
なんとかエレノアたちを振り切り、騎士団の駐屯所にやってきた。王国騎士団の施設とは思えない、古い木造の建物だ。
木の軋む音と、湿った木材の匂いが漂っている。長年使われ続けてきたのだろう。磨り減った廊下の板や、壁に残る古い傷が、この場所の歴史を物語っていた。
「リリカです。カリオン様はいらっしゃいますか?」
「はい、ご案内いたします」
門番は穏やかに微笑み、私たちを奥の分隊長の部屋まで案内してくれる。
廊下を歩く途中、何人もの隊員とすれ違った。
どうやらルーナ分隊の隊員たちは、すでに私たちのことを知っているらしい。
顔なじみの視線が向けられ、軽く会釈される。
……少しだけ、恥ずかしい。
「入れ」
扉を叩く前に、中からカリオンの声がした。
扉を開けると、部屋には私服に着替えた彼の姿がある。
いつもの鎧姿ではなく、動きやすそうな軽装だ。どこか外出前のようにも見える。
「お出掛けの予定ですか?」
私が尋ねると、彼は少し照れたように肩をすくめて笑った。
「座ってくれ。情報交換をしよう」
カリオンがベルを鳴らすと、女性の隊員が紅茶を運んできた。
彼女は、私を興味深そうにちらりと観察しながら、紅茶をテーブルに並べていく。
……何、その目。
私は正直に、ミラーの不正とその顛末について話した。
「エルフか……しかも十人もか?」
カリオンは少し眉をひそめた。
「はい。大金貨千枚も支払われています。相手は……」
そこで、話しすぎたことに気づき、私は言葉を止める。
レオナールが止めなかったので問題ないとは思うけれど、それでも少しだけ躊躇してしまった。
「ははは、ここでの話は他言しないよ。支払った相手を当てるよ」
カリオンはそう言うと、目の前の紅茶に戸棚から取り出したウイスキーを垂らした。
慣れた手つきで、軽くカップを揺らす。
(他言しないなら、教えるわよ!)
私は心の中でそう思った。
信頼できる人物には、腹を割って話すのが私の信条だ。
「いや、当たったらこの後少し付き合ってもらう!」
「はぁ……」
「子爵のトリスだろ?」
カリオンは紅茶を一気に飲み、余裕げに答えた。
「あ、奴隷商人のグラハムが吐いてたのね。狡いわ、カリオン」
「違うよ。奴は小物だ。トリスなんかと繋がりはない」
「じゃあ、どうして?」
「噂でね」
噂を信じる人間には見えない。何か確証を持っているはずだ。
「小物のグラハムはどうしたの?」
「尋問を終えたから、執政官のロイズに引き渡した」
「何で! そんなことをするのよ! 奴はロイズの仲間じゃないの!」
怒りで体が熱くなる。
私は紅茶にウイスキーをドボドボ入れ、一気に飲もうとした。
その瞬間、彼の手が私のコップをそっと押さえた。
「待て待て。誤解してる。騎士団には裁判権がない。だから引き渡すしかない」
「……でも、あなたは奴隷制度を認めないって」
「そうだ。その考えは変わらない」
カリオンの声は落ち着いていた。
「焦っても上手くいかない。色々手を打っている」
私は彼の手を見つめながら、ゆっくりと息を整えた。
……本当だろうか。
でも、嘘をつく人の顔じゃない。
※
「少しは手の内を見せてくれないと、信じられるわけないじゃない!」
「そうだよな……レオナール殿、少しお嬢様をお借りします」
家宰は穏やかに頷いた。
私は彼に手を取られ、半ば引きずられるように厩舎へ向かった。
「どこに行くの?」
彼は馬に飛び乗り、地面の私に手を差し伸べる。握った瞬間、ぐいっと力強く引き上げられ、背中に抱きかかえられた。
「シズカに秘密を見せにね!」
「出かけるんじゃないの?」
「ああ……だから、着替えて待ってたんだ」
最初から私を連れ出すつもりだったようだ。
私を乗せた馬は、街のある湖畔を離れ、湖に沿って進み、反対側に着くと林の中へ入っていく。
「なんでわざわざ着替えたの?」
「デートだからね」
「ふうん」
彼の防具だと、私が掴まりにくいし、金属にあたって痛い。きっとそれを気にしてくれたのだろう。
過去の経験から、私はそう悟った。
スピードが出ているのに、少しも怖くない。まさに人馬一体だ。彼が馬を信頼しているのがわかる。
いや、馬も彼を信頼している。とてもよく訓練された駿馬だ。
「シズカは怖くないんだな? それと上手く息を合わせるね?」
「馬術は上手くないけど、他人の背にはよく乗っていたからね」
私は魔物討伐の移動で、冒険者の後ろに馬に乗ることが多かった。彼らはとても荒っぽかったから、自然と馬に乗るスキルを身につけた。
投げ出されたら、死んでしまうから。
「少し焼けるな!」
「そんな甘いものじゃないわ。怪我をしたくないだけ」
林の中には、この避暑地の高級な住宅が点在している。
背の高い針葉樹が空を覆い、昼間だというのに森の奥はひんやりと薄暗かった。
木々の合間から、石造りの屋敷や白壁の別荘が時折顔をのぞかせる。
そして、その最奥部には王族の別荘があった。
門の上には、誇らしげに掲げられたヴァルターク王国の紋章。
周囲を囲むのは、見上げるほどの高い塀。
その前には、重装備の衛兵たちが鋭い視線を光らせて立っている。
もちろん、連絡もなく不用意に近づくのは法律違反だ。
「不味いわよ、カリオン」
私は思わず、小声で言った。
胸の奥がざわつく。ここは、私たちが軽々しく来ていい場所ではない。
「問題ないよ」
カリオンは、まるで散歩でもしているかのような気軽な調子で言う。
「俺は、王国騎士団ルーナ分隊長だからね。それに、今は王族は誰もここにいないよ」
さらりと言うが、十分すぎるほどの理由だ。
衛兵と目が合った。一瞬、空気が張りつめる。
私は思わず息を止めた。
衛兵の鋭い視線が、こちらを値踏みするように動く。剣の柄に手を添える仕草まで見えた。
——止められる。そう思った。けれど次の瞬間。
衛兵たちは、静かに姿勢を正すとカリオンに軽く会釈した。
止められることはなかった。むしろ、当然のように通してくれる。
塀に沿って裏手へ回り込むと、そこには頑丈な小さな扉があった。
表門とは違い、質素で目立たない。
そこで彼は馬から降り、私もそっと降ろしてくれた。
「到着だ。ここだ」
とん、とん。彼が扉を叩くと、重い音を立てて、ゆっくりと扉が開いた。
誰かが出てきたわけではない。内側から押されたように、静かに開いたのだ。
「こっちだよ」
カリオンの後をついて、私は扉の中へ入った。
振り返ると、森が静かに広がっている。
「ここって、王族の別荘じゃないの?」
私は、思わず聞いた。
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