闇ギルドとその後の予定
ルーナの町の闇ギルドは、冒険者ギルドの地下にあった。
暗い部屋にいくつかのテーブルと椅子。バーカウンターの向こうでは、痩せた美しい女性のバーテンダーが、グラスを丁寧に磨いている。空気には微かに酒と蝋の匂いが漂う。
冒険者の首領が声を掛けた。
「しくじった。精算を頼む」
女性は私たちの顔を一瞥すると、静かに会釈した。
「ウルフェンハルト家に喧嘩を売ったのね」
「なんで知ってるんだ。それと手違いだ。取り持ってくれ、エレン」
「お断りよ。シズカ様、レオナール様、こちらにおかけ下さい」
彼女はカウンター席を指さし、手慣れた動作でお酒を作り、私たちの前に置いた。
レオナールには、丸氷の入った琥珀色のウイスキー。私は、さくらんぼの入った赤いカクテルだ。甘い香りが鼻をつく。
「どうぞ」
「いただくわ」
私は一口飲んだ。口に含むとアルコールの刺激が舌にじんわり広がる。お酒の弱い私には少々危険な濃さだが、舌先に甘みと香りが残り、思わず顔がほころぶ。
「美味しいわ。……それに、私たちのことをどうして知っているの?」
「高名なお二人ですから。ルーナの闇ギルド長、エレンです。お見知りおきを」
無駄のない動きと、彼女からほのかに感じる魔力の気配から、只者でないことが伝わってくる。
「騎士団員たちから聞いたの?」
「それもありますが、貴族ならレオナール様を、冒険者ならシズカ様を知らない者はいないでしょう」
……いや、そうでもないから揉めるんだが。心の中で小さく苦笑する。
エレンは、冒険者から受け取った書類を一瞥すると、静かにバックヤードに下がった。やがて金庫から、大金貨の入った袋を抱えて戻ってきた。
「俺たちは知らなかったんだ。だから……」
「でも、シズカ様に矢を撃ち込んだのよね。貴方たちが弱くて良かったわ。もし王都の冒険者たちが知ったら……想像したくもないわ。口にしないことよ」
過保護な王都の冒険者は、私の危機に敏感だ。私は小さく息を吐き、集金を終えるとポケットから金貨を数枚取り出し、彼女に手渡した。
「彼らにお酒を。さようなら」
「また、おいでください」
エレンは微笑み、冒険者たちにビールを出した。グラスを置く音が、地下の静けさに心地よく響いた。
※
冒険者ギルドを出ると、エレノアたちがすでに到着していた。クロエとピクシア、そしてセレディナまで一緒だ。
「これから買い出しに行こうと思うのですが……」
「そう、じゃあ任せるわ!」
私は袋から大金貨五枚を取り出し、エレノアに手渡した。本当はレオナールに全部渡して管理してもらいたいのだが、ワールドエンドの執政官としての仕事だから仕方ない。
「少し多いですが……」
エレノアは首を傾げる。
「ううん、貴女に立て替えてもらっていた分も入ってるのよ」
「そうですか。それなら妥当ですね」
私は瞬時に計算を済ませた。全員の当面の食費、服代、領民から買い取った物、エレノアたちが立て替えた分……。
「良かった。セレディナには、これを」
準備しておいた袋を彼女に手渡す。中には大金貨十枚。思わず彼女の目が大きくなる。
「何ですか? これは?」
「エルフのみんなが仕事をすると思うけど、準備の資金が必要だと思うの。その分よ。薬の材料や、衣服の素材とか、必要でしょ」
「私たち、このお金を持って逃げるって考えないんですか?」
「うーん、全く考えてないわ。だってラファーガの一族でしょ。儲かったら返してもらうし。それと、商売に口出ししてもいいかな?」
彼女たちを奴隷として牢に閉じ込めたのは、ワールドエンドの執政官代行だ。しかし慰謝料として渡しても、プライドの高い彼女たちは受け取らないだろう。
「はい、助かります。お預かりします」
「セレディナの買い物も、エレノアに同行をお願いね!」
「わかりました」
森のエルフのセレディナたちは、商売が苦手だろう。ここは百戦錬磨の信頼できる家政長に任せるのが安心だ。
「私も同行したいのよ。でもカリオンのところに行かないといけないの」
「……それなら仕方ありませんね」
残念そうな彼女たちの表情に、胸が少し痛む。買い物を楽しみたいのだろうが、私は大の苦手だ。安くて良いもの、できれば長く使えるもの、頭の中で考えすぎて緊張でパニックになってしまう。
姉のアカリは、そんな私を何度も買い物に誘い、無理やり楽しませようとした。
「馬鹿ねぇ、この世界では金持ちなんだから、心配せず買えばいいのよ。お金を使うことで経済が回るのよ、わかるでしょ?」
「でも……」
「稼げばいいだけよ。困ったものね。まあ私が使ってあげるわ」
私は思わず目を逸らした。
アカリは買い物に行くと私に不要なものを買って、部屋に置いていった。そんな過去が少し蘇る。
クロエとピクシアには、こっそりお小遣いの銀貨を渡した。これくらいなら怒られないだろう。
だが、クロエの尻尾がぶんぶんと振られ、顔がにやけていることで、すぐにバレてしまった。
「エレノア、あのね……」
「使用人にお小遣いを渡すくらいは構いませんよ。初めてじゃないですか?」
「そうかもしれない」
確かに初めてだった。今まで、使用人とこんな関係を築いたことはなかった。姉のアカリは、嘘くさい表面上の関係だが築いていた。
私なりの、主人と従者の関係を一歩踏み出せた気がした。
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