レオナール 下
「ねえ、レオナール。お願いがあるの」
彼女が、家宰の執務室を訪ねてきた。来客の無い深夜に。
「シズカ様。お座り下さい。気兼ねなく何でもいって下さい!」
レオナールは、書類仕事を中断してシズカに優しく話しかけた。そして、棚にある彼女用のブルベリーのジュースと飴を机に置いた。
「子供じゃないのよ、もう……」
だが嬉しそうに、飴をガラス瓶から取り出して口に放り込んだ。
「それで、何をすればよろしいですか?」
「……お金を貸して欲しいの!」
遠慮がちに、羊皮紙を机の上に置いた。
「わかりました」
レオナールは、使用用途と金額の書かれた紙を身もせずに答えた。
「もう、レオナール、本気で見てよ。大した金額よ!」
「いえ、シズカ様が必要と考えるならば、幾らでも用立てますよ」
机の紙は、武器と防具の見積、それと必要な理由、使用する冒険者の名前が書かれていた。
「この使用する冒険者とは、どんな者なのですか?」
「魔物討伐に参加してくれる力をつけてきた平民の冒険者よ。彼らにまで、強力な武器や防具が回らないの。だけど……」
「なるほど、それならウルフェンハルト家の将来への投資です。冒険者に無償で貸し出しましょう。請求は私にするように、商人に伝えて下さい」
「そうね、レオナールに交渉してもらう方が安く済むわね。ありがとう」
彼女は安堵の表情を浮かべた。シズカからお金を無心されたのは、この時だけだった。
※
貴族学校の最終学年になり、シズカは王国大学への進学を希望した。大陸全土から秀才の集まる難関大学だ。
貴族は、そのまま、貴族大学へと進学するのが普通なので異例中の異例だ。
「試験があるから、魔物討伐隊の活動には参加しません」
王国大学には受験がある。魔術の実技で点を取れない彼女は、試験で最優秀の成績を残さなければならなかった。
「無駄なことをして……もっと気楽に生きればいいのに。それに、貴族としての人脈作りのほうが大事でしょう?」
「それはお姉様にお任せします。私は苦手ですから……」
「そ、そういうことならお父様を説得してあげるわ。これも貸しだからね」
姉のアカリとシズカ、二人が珍しく会話しているのを、レオナールは耳にした。
シズカは、図書館や部屋で必死にずっと勉強をしていた。
受験まであと数日の時、事件が起きた。シズカのところに、討伐隊から救援依頼が舞い込んできたのだ。
『魔物の罠にはまり、包囲されている。このままでは全滅する。救援を乞う』と。
「レオナール、私は救援に向かいます」
「何おっしゃってるんですか? シズカ様 この依頼は極めて危険ですし、討伐に行けば試験に間に合いませんよ? カイゼンに任せればいい」
「いえ、カイゼン子爵は別の討伐で遠方にいます。この王都で人を集め向かうしかありません」
彼女は、レオナールの制止も聞かず、役所に掛け合い、冒険者ギルドを訪ね、有力な冒険者に直接参加を呼びかけた。
そして半日もしないうちに、救援部隊を編成し、王都から移動を始めた。
「私も参加したいところだ……」
レオナールは、彼女の乗る馬車を見送った。
多くの死傷者を連れて、彼女の救援部隊が帰ってきたのは、試験が終わり時間が経ってからだった。
そこには、王国民の歓迎ではなく、冷たい視線があった。
「お疲れ様でした」
レオナールは、王都の外れまで出迎えに行った。
「非常に強大な敵でした。私たちが到着した時には、討伐隊は壊滅手前でした。しですが、この討伐であの地域の魔物はほぼ討伐できました。勇敢に戦った冒険者たちに感謝です」
シズカは涙を流していた。
「侯爵様がお待ちです」 レオナールは客車に乗せた。王都の喧騒を見せないように。
侯爵は、シズカを叱責した。彼女の為に、根回しをしていたがそれも受験日に現れなかったことで無駄になったからだ。
「厳格な王国大学には入れん。貴族大学に行ってもらう。それと、魔物討伐隊への参加は認めん」
彼女の絶望した顔を見たレオナールは、自分のことのように傷ついた。
それから、一年多くの事件があった。
そして、レオナールが領地視察をしている時に、最大の事件が起きていた。
「レオ、どこに行っていたのですか? 話は聞きましたか?」
エレノアが、屋敷に戻った彼に近づいてきた。
「いつもの領地視察だ。侯爵様は部屋に?」
「ええ。それとシズカ様はもういません」
レオナールは、走って侯爵の執務室に入った。大切なものが奪われてしまった。そんな気分だった。
「慌ててどうした、レオ?」
その呑気な問いに、彼は思わず激怒してしまった。
「シズカお嬢様を追放したと聞きました。何を考えているんですか?」
「ああ……第二王子の不興を買ったんだ。仕方あるまい。それに追放ではない。ワールドエンドの執政官に任命した。我が侯爵家の大切な起こりの地だ」
「それほど大切な地と大事なお嬢様。私が荷物を届け、視察して参ります」
「いや、待て。レオ!」
侯爵は大声を出したが追わなかった。幼馴染の性格はよく知っている。
屋敷の裏手の馬車の倉庫に行くと、エレノアが立っていた。
「御者がいないのよ。誰が、ワールドエンドに運んでくれるのかしら?」
「俺に決まってるだろう。さすが、エレ。荷物は積んであるんだな」
「もちろん、それと荷解きは私がやります」
そう言って、馬車に乗り込んだ。
王都に陽が沈む。その陽を浴びながら、遥か遠き地へと。彼らは向かった。
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尚、明日も20時。エレノア回です。
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