レオナール 上
レオナール視点です。
ウルフェンハルト侯爵家の家宰 レオナールと言えば、王国貴族で知らぬ者はいない。
「あの男を敵に回してはいけない」
長く王国筆頭の侯爵家に仕え、領地経営から、軍事に至る全てを取り仕切る智謀の男。個人の武勇は、今でこそ、直接知る者は減ったが、伝説と化している。
主家ウルフェンハルトに、待望の嫡子が誕生した。
長女アカリだ。活発で、小さな時から頭がよく、魔術も使えた。整った顔と、美しい金髪、派手で愛嬌のある振る舞いで、周りの大人を虜にした。
「ここで、仮病を使えば、みんな心配するのよ」とばかり、妹の誕生日とかに風邪をひき寝込み、主役の座を奪う。
それが度重なると、レオナールは気づいた。これは、彼女の策謀だと。恐るべき子供だった。疑いようもなく。
そして彼は、少し、アカリに苦手意識を持った。
アカリの生まれた翌年、次女シズカが生まれた。だが、彼女は内向的で大人しい子だった。魔術が全く使えず、頭もさして良いとは言えない子だった。
部屋の隅で、一人静かに遊びをする子だ。だが、ある時を境に少し変わった。その変化に気がつくものは彼くらいだろう。
「レオナール、私、アカリと買い物に行くんだけど、シズカを学校に連れてってくれない?」
彼女たちの母は、アカリに夢中になって、シズカを疎かにしていた。もちろん、そのことを咎めたりはしない。
「構いません。お連れします」
学校迄の道すがら、シズカと話をする。彼女の席は、御者台の隣だ。それが、彼女の希望だった。その方が、世界が見えると言って。
「ねえ、レオナール。あの魔道具の仕組みについて教えて!」
魔術を使えないのに。彼は、難しいだろうと思いながら、説明した。だが、彼女の理解力は並外れて優れていた。
「つまり、こういうことね……」
「じゃあ、この場合はどうなると思いますか?」
彼女は、間違えたりしない。かなり難問のはずなのに。レオナールは、経験でしか答えられないことを問題にして、彼女を困らせた。
「さすが、レオナールね。勉強になるわ」
困った表情をする彼女が、可愛かったので見たかっただけだ。本心では、頭の良さに感心していた。
※
「エレ、どうしてシズカ様は、お下がりばかり着ているんだ?」
「……本人が嫌うんです。勿体無いから私が着ると言って」
「だが、お下がりなんてメイドたちが貰うものでは?」
「アカリ様は、新しいものを多く購入されますので……」
「そうか……」
シズカ様が、物を欲しがるという話は聞いたことが無い。好きな書物ですら、図書館で借りてくる。そんな子だった。
※
レオナールは、学校で孤立し交友にも恵まれぬシズカを憂えていたが、成人した彼女が魔物討伐隊へ自ら志願したと知り、深い驚きを覚えた。
「お前は、魔術も使えないのに。参加して我が侯爵家の恥を晒すつもりか?」
ウルフェンハルト侯爵が怒った。
「ですが、魔物討伐をするのは、我らの務めです」
いつもは大人しく従う彼女が、珍しく反抗した。
「良いでは無いですか、お父様。私も参加したいのですが、ダンジョンの埃が……」
アカリが庇って言った。
「おお、お前は咳が止まらなくなるからな。その気持ちだけで充分だよ」
まただ。話の主が変わっている。レオナールは顔を顰めた。
「まあ良かろう。好きにしろ」
ウルフェンハルト侯爵は、吐き捨てるように言った。
「ありがとうございます。お姉様も」
そうして彼女は、魔物討伐隊に参加することになった。
レオナールは、何度か、合流場所への送り迎えをしたが、シズカはいつも悲痛な顔をしていた。
「嫌なら、志願しない方が良いのではありませんか?」
「いえ、無事に終わるにはどうすれば良いか、考えて祈ってるだけです」と彼女は言った。
だが、彼女は何の役にも立つことは出来ないだろう。むしろ、侯爵の言った通り、迷惑をかけるのではと、レオナールは心配になった。
そんなある日、いつものように、王国の官庁へと顔を出した。するとある人物に声をかけられた。
「やっとお話出来ます、レオナール殿」
「どうしましたか? カイゼン子爵」
彼は、魔物討伐隊の総責任者だ。
「シズカ様の件で、お礼を言おうと思いまして。きっと、レオナール殿のご指導なのでしょう」
彼の話では、魔物の調査、討伐計画案、冒険者部隊編成、兵站まで、綿密に考え提案してくれると。
シズカが、深刻な顔で部屋を訪ねてきたことがあったが、彼は幾つか質問し答えただけだ。全て彼女の策だ。
「だが、使い物にならないでしょ?」
「またまた、ご謙遜を。殆ど全て採用させてもらってますよ! 帰還率が桁違いです。討伐といえば、活躍する冒険者に目が行きがちですが、彼女こそ、英雄ですよ」
そう言って笑った。王国の、いや大陸の治安を守る厳格で公平な男である彼の大絶賛に、レオナールは驚いた。
「褒めすぎですよ!」
「しかし、羨ましいです。ウルフェンハルト侯爵には、あんな立派な後継者がいて。王子の婚約者じゃなければ……我が愚息の嫁に……」
カイゼンの冗談に苦笑し、雑談をするとその場を離れた。
「レオナール殿」
数人の役人からも遠慮がちに声をかけられる。
「先ほどまで、シズカ殿とお話させて頂きまして……」
「失礼なことでも……」
「とんでもない。さすがウルフェンハルト侯爵家。偉ぶるところが一つもなく、有意義な議論をさせて頂いております」
良かった。迷惑をかけていなくて。安心して胸を撫で下ろす。
「あ、レオナール。来てたんだ?」
脇に書類らしき物を沢山抱えて微笑んでるシズカと遭遇した。
「はい、お帰りになられますか?」
「うーん。そうしたいけど、あと二つ打ち合わせがあって……」
「構いません。お待ちします」
レオナールは、彼女の仕事ぶりを遠くから隠れて見守った。
そこには、役人たちが言うような有意義な議論が交わされていた。その為に必要なのは、シズカが突き詰めた資料だ。それくらい時間をかけたのだろうか。
「さすが、シズカ様です。この点に着目するとは……」
「レオナールが見てるからって、おべっかはいらないわよ」
笑い声が、聞こえる打ち合わせだ。
「え? どこにも見えませんよ。ですが、こちらの計画は難しいです。反対する者がいたんです」
「うーん。じゃあ、私も一緒に交渉するから……もう一度、計画提案をお願いします」
「わかりました」
嬉しそうに握手して、打ち合わせが終わる。彼女には、熱意と信念があった。その熱に、役人たちは打たれたのだと、彼は思った。
「レオナール、終わったわ。今日はおしまい」
いつの間にか、シズカが目の前に立っていた。
「よくわかりましたね?」
「レオの魔力は大きくて独特だもの」
「え? 見えるのですか?」
「みんな見えるんじゃ無いの? 魔術の出来ない私ですら見えるんだから」
彼女は、又、微笑んだが、そのどれにも嘘は無かった。だが、魔力を見ることは優れた冒険者や魔術師でも出来ない。
「魔術は使えなくても、魔力は見えるか……ところで、いつもこんな時間まで?」
「そうよ、でも、最後の打ち合わせは明日にしてもらった。レオと帰りたいもの」
「どうやって帰宅してるのですか?」
レオナールに叱られると考えた、シズカは言い訳をした。
「……歩いてよ。誤解しないで。冒険者たるもの、足腰が丈夫でないと。そんなことより、問題を出して?」
小さな頃からの変わらぬ真っ直ぐな目で、彼を見た。
「いえ、今日は、色々な方からお聞きしたシズカ様の自慢話をしたいと存じます」
「やめてよー、恥ずかしくて死んじゃう」
彼女の頬が紅く染まる。
その横顔は、とても美しかった。
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明日は、レオナール後編です。20時更新です。
よろしくお願い申し上げます。




