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姉に全てを奪われた追放令嬢、辺境の村を再建します〜愛犬が転生した犬人少女と始める内政スローライフ〜  作者: 織部


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ワールドエンドのルール

間章の前にもう一話。


その日は、ピクシアも連れて執政官邸に戻った。彼女にはクロエと同室の使用人部屋が与えられた。

「ありがとうございます。シズカお姉様。無理を言ったみたいで……」


 セレディナが申し訳なさげに、お礼にやってきた。指先がわずかに衣の裾をつまんでいる。

「ううん。それより、みんな体調は治った?」

「はい。それで……私たちも何か手伝えないかと思いまして」


 “与えられる側”のままでいることが、落ち着かないのだろう。その声には、遠慮と同時に、はっきりとした意思があった。


「それって、働くってこと?」

 彼女は遠慮がちに頷いた。けれど、その目はもう迷っていない。


 エルフたちと話す中で、彼女たちがそれぞれ森で磨いた技を持っていることを知った。薬師、狩猟、裁縫、調理――自然と共に生きてきた者の、静かで確かな知恵。


「わかった。明日にでも打ち合わせしましょう!」

 雇う、雇われる。そういう関係はまだ想像しにくい。けれど、役割を持つことは、居場所を持つことだ。


「お姉様、夕飯まだでしょ? 今日はエルフと獣人族で食事を作ったの。食べてほしいの」

「ありがとう!」

 近頃食べ過ぎだし、一食くらい抜いても……と一瞬思ったが、きっと許されない。いや、許してくれない顔が何人も浮かぶ。あの圧に勝てる気がしない。


「じゃあ今日は給仕も含めて全部お願いするわ! レオナールもエレノアも座って」

「それは……」

 主人と同席するのは、彼らの倫理観では越えてはならない線なのだろう。長年積み上げた秩序は、そう簡単には揺らがない。


「クロエは一緒に食べてるわ。レオなんて、私の前でサンドイッチ食べたわよ。こういう時は一緒に食事しようよ。ね、エレノア」

「……」

「これは、ワールドエンドのルールよ!」


 理屈ではなく、空気で押し切る。けれど、その空気は決して強制ではなく、「ここではそうする」という提案に近い。


 少しの沈黙のあと、渋々と椅子が引かれた。

 その小さな音が、屋敷の新しい秩序の始まりだった。ほんのわずかな軋みを伴いながら、世界が組み替わっていく。


 翌日の早朝、執政官邸。

「行ってらっしゃい!」

 マークスたちに連れられ、仕事に向かう獣人族たちを見送る。その背中には、不安と期待があった。けれど昨日よりも、ほんの少しだけ歩幅が大きい。

 私たちはミラーの屋敷に戻った。


「シズカ様の温情だ。飯を食っていけ!」

 高級な食卓に豪華な料理が並び、エレノアたちが給仕に立つ。その所作は無駄がなく、静かで、品がある。皿を置く角度、音の消し方、その一つ一つが「もてなし」の完成形だった。


 料理は、ただの食事ではない。これは“態度”だ。

 席についているのは、投獄されていた冒険者と使用人たち。だが誰も手をつけない。


 立ちのぼる湯気と香ばしい匂い。肉は絶妙な火入れで、表面は香ばしく、中は柔らかく仕上げられている。香草の香りがほのかに立ち上り、食欲を刺激する。――それでも、空気は強張っていた。


「いや……毒とか……」

 冒険者の首領が小さく呟く。疑うのも無理はない。つい先刻まで、彼らは牢の中にいたのだ。信頼など、存在するはずがない。


「馬鹿か。殺すなら捕まえたりしない」

 レオナールが軽く頭を叩く。その声音には、呆れと、わずかながらの配慮が混じっていた。

 彼が迷いなく食べ始めると、他もならった。


 恐る恐る口に運び――次の瞬間、顔色が変わる。

「美味しい!」

「ああ、肉が口の中で溶ける……!」

 緊張が、驚きに変わる。疑念が、味覚に押し流されていく。


 当然だ。エレノアは共和国の一流シェフに師事し、その腕を認められたウルフェンハルト家の家政長なのだ。

 自慢したい。全力で。ここぞとばかりに語りたい。


 でも言えば怒られる。後で説教が待っている。だから黙る。ぐっと飲み込む。

「お代わりもあるわ。遠慮せずに。それと、荷物は後からルーナに届けるわ。特別料金、銀貨一枚で」

 にこやかな微笑みのまま、商売は忘れない。その言葉に、何人かが思わず吹き出す。


 食事を終える頃には、彼らの表情から警戒の色はほとんど消えていた。

 満腹は、人の心を和らげる。そして同じものを食べたという事実が、見えない線を少しだけ消す。


「わしらの仕事道具を返してくれないかな?」

 冒険者のリーダーは、仲間を一度見てから遠慮しながら言った。その視線には確認と、責任があった。


 私は一瞬だけ考える。

「大金貨二十枚ね」

 場が静まる。

「……貯金が無くなるな」

 その呟きは軽いが、意味は重い。あの道具は、彼らが積み重ねてきた時間そのものだ。


「それ以上の価値はあるでしょ? 知ってるわよ」

 彼ら冒険者にとって、使い慣れた道具は、信頼のおけるものだ。新しく買えば済む、という話ではない。


 しばらくの沈黙のあと――

「……わかった」

 汚い字の契約書が書かれる。震えはない。レオナールは何も言わない。ただ一度だけ、わずかに視線を落とした。


 警備の獣人たちには、その金で新しい装備を買おう。

 実は今の装備は、彼らの体格に合っていなかった。動きにくさは、命取りになる。

「じゃあ、計画通りに」

「本当は家財を新調したいところですが、リリカ様は納得されないと思いますので……」


「ふふふ、さすがエレノア。よく私のこと、わかってる」

 ミラーの屋敷の家具や調度品を、執政官屋敷の物と交換する。無駄は出さない。使えるものは使う。それが、私のやり方だ。


 エレノアが指揮を執り、獣人族たちが動き出す。ピクシアが整理して手渡し、子供たちが小物を運ぶ。

「あわわわ」

 こけそうになる少年。


「慌てないで。割らないようにね!」

 クロエが隊長らしく声を張る。その声には、迷いがない。

 私たちは投獄者たちを連れて丘を下る。


「駄目です、重くて……!」

「無理はするな。ゆっくり降ろそう」

 大きな家財道具に手を焼く大人の獣人たち。力はあっても、慣れない仕事だ。


 そこへ――

「手伝わせてくれ。飯代だ」

 冒険者たちが肩を貸す。一瞬、視線が交わる。昨日までなら、絶対に交わらなかった視線だ。

 レオナールは無言で場所を空けた。それは拒絶ではなく、受け入れの形だった。


 重い家具が、ゆっくりと動き出す。

「行くぞ! そうれ!」

 掛け声が重なる。呼吸が合う。汗が混じる。

 何度も往復するうちに、笑い声が増えていく。


 ぎこちなかった連携が、少しずつ形になっていく。わだかまりは、理屈ではなく労働で削れた。


「やはり、大切なのは、指導者なのね」

 私は小さく呟いた。


 ――誰が何を与えるかではない。誰が、どう場をつくるか。それだけで、世界は少しだけ形を変える。


お読み頂きありがとうございます。


明日も20時更新です。

今度こそ、レオナール視点です……。


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