統治者の決断
「次は、使用人との面談です」
執事長、メイド長、それにメイドたちもいる。
彼らは皆、ミラーの指示に従っていただけだった。
「奴隷商人でもある彼を訴えないこと自体、貴方達の罪です」
「……」
理由は理解できる。待遇が良いのだ。人頭税を納めていないから。
本来、それは給料から天引きされ、家がまとめて納税するのが一般的だ。
ウルフェンハルト家のように、全て家が負担する特例もあるが。
だが、その快適さが誰かの不自由の上に成り立っていたことも、また事実だった。
「申し訳ありませんでした。そのような恐れ多いこと、思いつきませんでした」
正義感がなければ、知識がなければ、そう簡単にはできない。
「エルフたちを見ても、決して手荒には扱っていないことはわかります」
だが、彼らは難しい種族だ。魔術を封じ、牢獄に閉じ込めることは、命に関わる。
監獄の環境も、できる範囲で配慮されていた。鉢植えの木、ふかふかのベッドに絨毯、食事。
それでも、囚われていたエルフたちは全員体調を崩していた。
目に見える傷はなくとも、自由を奪われた代償は確かに積み重なっていた。
「本当は、散歩とかにも連れて行きたかったのですが……目立つからダメだと……」
「わかりました。ここにいた期間の人頭税を納めることで、釈放しましょう」
だが、メイドの三人は下を向く。
「申し訳ありません。実家に仕送りをしていて……」
彼女たちの給料は、人頭税と同じ、大金貨二枚だけ。ミラーの狡さに腹が立つ。
「給料が少ない場合、家が半分負担することがよくあります。それなら、大金貨一枚を計算元で年数分を納めてください、残りはミラーが払います」
「ありがとうございます」
しかし、一人の小さなメイド、ピクシアは顔を上げない。
クロエと対象的な白い肌と珍しい緑の髪、折れそうな華奢な体つきに、ほんの少し尖った耳。
エルフの血が混ざってるのかしら。
その瞳には、怯えとも諦めともつかない影が落ちていた。
「ピクシア、あなたはどうしたの?」
「……私は、全部家に送っていて、貯金がありません」
「そう……困ったわね」
誰か一人を見捨てることが、全体の秩序を守ることだとしても――それを選びたくはなかった。
私がどうしようかと思案していたら、クロエが駆け寄ってきた。
「主人様、セレディナたち言ってたの。ピクシア、良い子、助けたいって。でも執政官のお仕事、邪魔良くないから言えないって」
言葉を選びながらも、その声は必死だった。
このまま解放すれば、この子は事件に巻き込まれるか、悪い奴に捕まるだろう。
「あなたは、借金を返すまで、わが家で働いてもらうわ。どうかしら、エレノア」
何事かと顔を出した家政長に尋ねる。
「誰を雇うかは、シズカお嬢様の采配です」
「じゃあ、そうするわ」
「良かったぁ、ピクシア、私が先輩だからね、ついて来て」
クロエに手を引かれ、ピクシアは部屋を出て行った。
だが、クロエよりもピクシアの方が仕事ができた。
それは誰の目にも明らかな差だった。だからこそ――。
数日後、クロエは黒犬に変身して私の布団に潜り込み、私にこうつぶやいた。
「私は出来の悪い子」
その呟きは、聞き逃せば消えてしまいそうなほど小さかった。
私はそっとクロエを慰めることになった。黒い毛並みを撫でると、クロは小さく尻尾を揺らした。
※
最後は、ミラーとの対決だ。
彼にはどうしても聞きたいことがある。
私はワールドエンド報告書を取り出し、彼の経歴を再度、頭に入れた。
「座って、お茶でも飲んで」
「ああ……」
彼は、躊躇せずお茶を飲んだ。カップを持つ指先は落ち着いているようで、わずかに力がこもっているのが見えた。
「ミラー、あなたの前職は、王国の官僚よね。どうしてその地位を捨てて、この領地の執政官代行になったの?」
「都会暮らしに疲れたからだ。調べたなら、わかるだろう。私の実力はわかるだろう、王国大学を主席で卒業している。私は有能だぞ!」
嘘だ。私は、役所の職員に別れの挨拶をした時に、ミラーの話を聞いた。不正で解雇されたと。彼らは、見下した顔をしていた。
「そう。わかった。じゃあ、次の質問。エルフを誰から買ったの? どうするつもりだったの?」
私の質問に、どう答えようかと悩み、お茶に再び口をつける。
「それは……誰だったかなぁ。歳を取ると忘れてしまうな。思い出すから時間をくれ! ところで、私の執事たちは元気か?私の冤罪で牢獄に入っているのが不憫でならん。いつ、釈放してやるんだ?」
「明日には、釈放するつもり。特に、問題も無かったしね」
「それは、良かった」
ミラーは安堵の表情を浮かべた。張り詰めていた肩が、わずかに下がる。
彼にとっては、残念なことに、彼の執事長は、私たちの温情に感謝し告白をしていた。釈放されたら、王都にいるトリス子爵に連絡をして欲しいと頼まれたと。
忠誠ではなく、打算で結ばれた関係は、こうして簡単に崩れる。
時間稼ぎをして、手を回すつもりらしいが、それは無理だ。相手が悪い。
「じゃ、話はおしまい。もういいわ」
「待て、確かに奴隷は法律違反だ。だが、グレーゾーンのはず。税は儲けて、ウルフェンハルトに収めるつもりだった」
「そう。彼と話すことはもう無いわ」
私が話を打ち切ろうとするのに、彼はさらに話を続ける。椅子からわずかに身を乗り出し、声に焦りが混じった。
「この領地が発展した理由を知りたく無いのか? 許してくれれば、利益をもたらすぞ! 私は、まだ役に立つ!」
その言葉に、私は一瞬だけ視線を落とした。有能の意味を取り違えている。
「レオナール、もう連れてって。どれほど優秀でも、倫理観も正直さも無い人間とは付き合えない。それと、貴方、少しも優秀じゃないわ!」
能力は結果を生むが、信頼は人を繋ぐ。そのどちらも欠けていた。
それは、私の本音だ。きっと彼は牢獄にいる間、どう言い逃れようかだけを考えていたのだ。つまらない男。
家宰に合図を送った。ミラーは何か言いかけたが、言葉にならず、牢獄ではなく、屋敷の外に連れて行かれた。
扉が閉まる音が、静かに響いた。
苦い判断だった。彼はレオナールに処分された。
応接に、レオナールとエレノアが戻ってきた。レオナールは無言で一礼し、その表情はいつもと変わらなかった。
「気に病むことはありません」
エレノアが私に言った。
「ありがとう。でも気にしてないわ」
そう言い切るには、ほんの少しだけ時間が必要だった。
「よく判断されました」
レオナールが言う。彼の手を汚させてしまったことの方を、私は気に病んだ。
彼は何も言わない。ただ、それがかえって重かった。
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