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姉に全てを奪われた追放令嬢、辺境の村を再建します〜愛犬が転生した犬人少女と始める内政スローライフ〜  作者: 織部


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18/62

執政官の初裁定


馬車は、夜の土の道を軋ませながら進んでいた。

目的地は、今日二度目となる――村の外れ、小高い丘の上に建つミラーの屋敷だ。


「ねえ、クロエ、何で私が出かけるってわかったの?」

向かいに座るクロエの耳が、ぴくりと動いた。

「主、話してたよ。出かけるって……」

「あ……」

思わず言葉を失う。


私たちの会話を聞いていたエレノアが、隣で静かに眉を顰め、クロエを問い詰めた。

「クロエ、盗み聞きですか?」

「違います! 普通に聞こえるんですよぉ、皆んな聞こえてますよ」


しまった。

獣人族もエルフも、人族とは比べ物にならないほど優れた聴力を持っている。壁越しでも扉越しでも、声は届いてしまうのだ。


ウルフェンハルト侯爵家の屋敷では、父の執務室や会議室など重要な部屋には、消音魔術の魔道具が置かれていた。


姉のアカリは、自室にもそれを置き、さらに携帯できる物まで持っていた。侍女や親しい令嬢たちと集まり、他家の噂や令嬢の評判を囁き合う、閉ざされた茶会のために。


『貴女は、魔道具へも魔力を込められないポンコツだものね』

冷たい声が、胸の奥によみがえる。その瞬間、指先がわずかに震えた。胸の奥を、氷の針でなぞられたような感覚が走る。


『魔石を買うか、込められる人に頼めばいいんでしょ?』

『そうね。貴女は無駄金を使い、他人に迷惑をかけるのね!』

息が、ほんの一瞬だけ詰まる。


視線を落とし、手を膝の上でそっと握りしめた。 私は、そんな姉との会話を思い出し、視線を落とした。


だが私個人には、必要ない物だ。陰口なんて叩かない。

「申し訳ありません。シズカお嬢様、私たちの配慮が足りませんでした。急ぎ魔道具を手配致します」

エレノアは、揺れる馬車の中で、背筋を伸ばしたまま深く頭を下げた。


悪いのは、彼女じゃない。

領地を預かる執政官としての、私の意識が低かったのだ。


「違う!」クロエが思わず叫んだ。

「主がみんなのこと考えてくれてるって、すごく感謝して喜んでた。悪口も言わない、面倒だとも言わないって! 本当に、優しい主だって!」


胸が、少しだけ熱くなる。私は、窓の外を見た。

暗闇の中、月光を受けた丘の上の屋敷が、少しずつ近づいてくる。

「……そっか」

小さく呟き、二人を見た。


「でもね、執務室は秘密の打ち合わせもあるの。だから、聞こえなくするわ。守らなきゃいけないこともあるから。みんなにも、説明するわ!」

エレノアは顔を上げ、わずかに呆れたように眉を寄せた。


「……そのようなこと、領民に教える必要はありません」

そして、小さく息を吐く。

「まったく、お人好しですね」

責める声ではなかった。


その時。

馬車は、車輪の軋みが弱まり、ゆっくりと速度を落とした。

レオナールが手綱を引く気配が伝わってくる。

私は窓の外へ目を向けた。ミラーの屋敷は、すぐ目の前だった。


だが――その屋敷は、灯りが一つもなかった。


「レオナール、館の灯りが……」

「落としてあります。心配には及びません」

わずかな間を置いて、彼は続けた。


「……本来なら、裏の連中を刺激するやり方は避けるべきですが。今回は時間がありませんでした」

私たちが近づくと、扉が開き、室内の灯りが漏れてきた。


「お戻りをお待ちしていました」

そこには、レオナールが連れ出した狼人と犬人の青年がいた。

装備は、捕まえた冒険者から取り上げたものだ。立派な警備兵に見える。


その堂々とした佇まいに、頼もしさを感じた。

「ご苦労様、怪我は無い?」

「はい、家宰様があっという間に、倒されましたので……」

エレノアは、クロエを連れて屋敷の見回りで席を外した。


私たちは、屋敷にある応接室に通された。

部屋全体が、ウルフェンハルト侯爵家のような豪華さだ。

執政官邸の、古い破れているソファと机しかない部屋とは大違いでだった。


「それじゃ、シズカお嬢様が来られたので、尋問を行う。まずは、冒険者から行う。連れてきてくれ!」

レオナールが指示を出した。

「誰からにしましょうか?」

「シズカお嬢様。冒険者たちは、情報をもっていません。リーダーからで良いと思われます。……無用な刺激は避けるべき相手でもあります」


私が頷くと、二人がリーダーを連行してきた。

私たちに矢を放った男だ。冒険者の服から、この館の下男の服に着替えていた。


大男の弓使いは、窮屈そうで今にもはち切れそうで、私は笑いを堪えるのに必死だった。

「俺たちは、契約に従って守っていただけだ。ミラーの奴隷の売り買いや徴税には一切絡んで無い。それは契約に無いからな。この屋敷にも足を踏み入れてない」


一息で言い切るその声音には、開き直りだけでなく、どこか焦りが滲んでいた。

背後の仲間たちの気配を、何度も確かめるように視線が揺れる。


「お前達が、契約をしたのは、闇ギルドだろう?」

レオナールが追求する。

「そうだ、それが悪いか?」

言い返しながらも、わずかに喉が鳴る。

引き際を探るように、目だけが忙しく動いていた。


「いや、闇ギルドにも不文律があることを忘れてないか? 我がウルフェンハルト侯爵家が、闇ギルドの庇護者であり手を出すことが禁じられていることを?」


闇ギルド、暗殺者、盗賊など裏の職業ギルドの総称だ。

「……ああ……」

「お前がしたのは、ウルフェンハルト侯爵のご令嬢への暗殺だ」


「違う、許してくれ、知らなかったんだ!」

弓主の男は態度を急変させ、土下座して懇願した。

だがその額は床に押し付けられながらも、歯を食いしばっている。


――仲間だけは助けたい、そんな必死さがにじんでいた。

「どうしますか? お嬢様」

「謝罪は受け入れますが、態度で示してもらわないと」

「わかった。賠償金を払う。俺たちが受け取った半分 大金貨七十五枚でどうだ?」


ほんの一瞬、迷いが走る。

それでも男は続けた。

「……これ以上は出せねえ。裏の連中にも顔がある」

私はにこりと笑って答えた。


「良いでしょう。但し、武器と防具、馬は全て没収します。それと、ウルフェンハルト領へ入ることを禁じます」

「……武器や防具がいくらすると思ってるんだ!」

きつい口調で冒険者が答えると、レオナールが睨みつけた。男は思わず下を向く。


「ウルフェンハルトへ入れない方が大変じゃないのかな? 貴方達どこへも行けなくなるわよ?」

「それもだ! 何とかならないか?」

「ワールドエンド領へ入ること禁止に変えてあげるわ。これが最終通告よ」


レオナールが紙を取り出し、あっという間に書類を書き上げる。

「さあ、サインしろ。明日にはルーナにある裏ギルドの支店に連れてってやる。それまで監獄で大人しくしていろ! 忙しいんだ、条件が悪くなっても知らんぞ!」


男はしばらく動かなかった。

やがて、小さく息を吐く。

「……仕方ない。仲間に手ぇ出さねえって約束しろ」

「契約通りならね」

短い応答の後、

冒険者の首領は、筆を取りしぶしぶサインをした。


用事が済んだとばかりに、部屋を出て行こうとする彼に私は声をかけた。

「それと、五年も済んでいたのよね。人頭税を払ってもらうわ。遅延金は勘弁してあげる。全員で、大金貨 五十枚よ」


男が壁を叩く。

「壊したら弁償よ。あ、裏ギルドに仕事を公募したら、応募しても良いわよ」

「チッ、二度とこんな場所来るもんか」

小声のつもりの男の呟きに、私たちは思わず笑ってしまった。


その背中には、敗北だけでなく――

かろうじて守れたものへの安堵が、わずかに滲んでいた。


私が執政官としての最初の判決が終わった。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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