答え
この世界を表す。だが、人族のパネルはどこに置くべきか? 中央か……。
「この人族って、犬人族とかも含まれるのかな。耳や尻尾が描かれてない。絵をよく見て?」
パネルをしげしげと眺めていたアカリが言った。
「あ、本当だ。わかったわ」
「何がわかったの?」
「この扉を造ったのが、古代のドワーフだとしたら、人のパネルの両隣は野原と地下で問題ないと思うの。彼らは古代エルフを敵視し、一部の人族や犬人族と地下で共存していた記録があるわ。ただし、奴隷として扱われていたの」
「今と逆ね。さすが勉強家で物知りね」
アカリが感心したように言ったが、古代言語の教本に書かれていただけだ。
私は九つのマスを見つめた。
古の時代、人族は弱く、世界の覇者ではなかった。古代のドワーフは人族を見下していた。彼らがこの扉を造ったのなら、石板の配置にも、当時の価値観が反映されているのではないだろうか。
古代の遺物を読み解くには、描かれたものだけでなく、それが造られた時代の歴史や価値観を知ることも重要なのだ。
そう考えると、人族のパネルは地下に置くのが自然だった。そこからほかの石板の位置を考えていけば、全体の配置にも筋が通るはずだ。
そこで、詩の言葉が頭の中によみがえった。
『竜の眼を求めるな。見えぬ者こそ、真実を知る』
竜の眼は比喩だろう。
見えている絵だけを追っても、答えにはたどり着けない。絵と絵の間にあるつながりを見つけることが大切なのだ。
「……そうか。真ん中は空白のままでいいんだ」
「中央を空けて、周りを輪にするってことね?」
「うん。種族と土地を交互に並べて、それぞれがつながるようにするの」
アカリは石板を見渡し、にっと笑った。
「よし。じゃあ、その順番になるように動かすわ。シズカ、次にどれを動かせばいいか教えて。こういう遊びは得意なの。答え合わせの競争よ」
「うん!」
私は石板の配置を確認しながら、アカリに指示を出した。
アカリは迷いなく石板を動かしていく。
カチリ、カチリ、カチリ。
時には、目的の石板を動かすために、別の石板を先に移動させなければならなかった。
私が順番を考え、アカリが最短の手順を探る。
私が見落とした移動の可能性を、アカリが見つける。
二人の考えが合わさるたびに、石板は少しずつ正しい位置へと近づいていった。
「次は地下を動かして……そのあと、人族を一つ右へ」
「こう?」
「そう。それから、空を上に戻して」
「はいはい。シズカ先生の仰せのままに」
「もう、からかわないでよ」
そう言いながらも、私は少しだけ笑っていた。
アカリも楽しそうに笑った。
こんなふうに二人で何かに取り組むのは、いつ以来だろう。
その答えを考えかけて、私は思考を止めた。
最後の石板が、あるべき場所に収まった。
竜の石板を起点に、山、空、森人族、野原、人族、地下、鉱人族の順に、八枚の石板が中央の空白を囲んでぐるりと並んでいる。
それぞれの種族は、関係する二つの土地に挟まれていた。
すべてのつながりが、一つの輪になっている。
しかし、扉に変化はない。
「……あれ? これで終わりじゃないの?」
アカリが首を傾げた。
「待って。何か動いたわ」
私は石板の中央を指さした。
八枚の石板に囲まれた空白。その部分が、わずかに浮き上がっている。
よく見ると、周囲との境目に細い隙間ができていた。
ギギギ……。
重い石が擦れ合う音が響く。中央の空白部分がゆっくりと手前にせり出し、小さな扉となって開いた。
その奥には、古びた金属製の取手が取り付けられていた。
「えっ、真ん中が開くの?」
アカリが驚いたように声を上げた。
「やっぱり、空白に意味があったんだ……」
私は小さく呟いた。
世界を表す八枚の石板。それらが一つの輪を作り、中央には何も置かない。
答えは、最初から詩の中に示されていたのだ。
「これを動かせばいいのかな?」
アカリはさっそく取手を握り、回そうとした。
しかし、取手はわずかに軋むだけで、びくともしない。
「んんっ……! 何よ、これ。全然動かないじゃない!」
アカリが力を込めても、取手は頑として動かなかった。
「回すんじゃないかな」
「わかったわ!」
彼女は両手で取手を回した。まるで動力のねじを回すように。
ガキンッ!
重い金属音が響いた。
直後、壁の奥からゴゴゴゴ……という地鳴りのような音が伝わってくる。
「な、何これ……!」
アカリが目を見開いた。
扉の表面に刻まれた竜の彫刻が震え、石板の裏側で何かが噛み合う音が続く。
ギギギギ……ガコンッ!
まるで巨大な歯車が、長い眠りから目覚めたかのようだった。
足元にまで振動が伝わり、私は思わず体勢を崩しかけた。
「シズカ、気をつけて!」
アカリがとっさに私の腕を支えた。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「これからが本番よ!」
私は頷き、再び扉に目を向けた。
やがて、目の前の大扉がゆっくりと動き始める。
重い石が擦れ合い、幾重もの鎖が引きずられる音が地下神殿に響き渡った。
鎖が一つ、また一つと緩んでいく。
その音は、まるで何かを長い眠りから解き放っているようにも聞こえた。
扉の隙間から、冷たい空気が流れ出してくる。
そして、ついに扉が開く。
その先には、光の届かない暗闇が広がっていた。
アカリの光魔術が、開いた扉の向こうを照らす。
けれど、光は奥まで届かず、闇の中へ吸い込まれるように消えていった。
魔力の流れは、確かにこの先へと続いている。
それなのに、向こう側からは何の気配も感じられなかった。
「……この先にいるのよね」
アカリが、小さく呟いた。
「うん。たぶん」
私たちをこの世界に呼んだ存在。
その正体も、目的も、まだ何一つわかっていない。
「行きましょう、シズカ」
アカリが私の方を振り返った。
「うん」
私は頷き、姉とともに扉の向こうへと足を踏み入れた。
暗闇の奥で、何かが私たちを待っていた。ぱっと、部屋全体が明るくなった。
目の前には、少女の姿をした忌むべき存在が笑って立っていた。
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