パズル
魔力の流れをたどった先には、この地下神殿の入り口と同じ意匠の扉があった。
ただし、入り口の扉とは比べものにならないほど大きい。
壁の大部分を占めるその扉は、長い年月を経てもなお、見る者を圧倒する威厳を保っていた。
魔力の流れは、その向こうへと続いている。
けれど、扉の先からは何の気配も感じられなかった。まるで、この先だけが世界から切り離されてしまったかのように。
それなのに、私たちをここまで導いてきた魔力の流れだけは、確かに扉の向こうへと伸びている。
その矛盾が、私の胸に小さな不安を生んでいた。
扉の前は霧が晴れたように見通しがよく、アカリの光魔術が周囲を照らしている。
扉にも、精緻な彫刻が施されていた。
盲目の竜が巨大な身体で一つの箱を覆い、侵入者を寄せつけまいと鋭い爪をこちらに突き出している。その箱には幾重もの鎖が巻きつけられ、厳重に封印されている。
ミツ首の竜の顔には、目がなかった。
眼窩さえ見当たらないが、竜の頭は正面を向き、鋭い爪は侵入者を拒むようにこちらへ突き出されていた。
さらに、扉には古きドワーフ語で警告文が刻まれていた。
「何が書いてあるの?」
アカリが私を見た。
「この扉は神により、認められし者のみ開けることを許す。認められぬ者には災いが起こる、だって」
「ふうん。そんなの無視して開けるわよ、シズカ。この先に私たちをここに呼んだ奴がいるんでしょ?」
「でも……」
姉の全く気にも留めない様子が、かえって心強かった。
もちろん、何も考えずに進んでいいわけではない。
けれど、警告文があるからといって、ここで引き返すつもりもなかった。
「本当に封印するつもりなら、扉なんて造るとは思えないわ。気にすることはないわよ」
確かにそうだ。
少なくとも、ここまで来た私たちを追い返すためだけの仕掛けではないはずだ。この扉には、開くための方法が用意されている。
ならば、謎を解けばいい。
「わかったわ。続きを読むわね」
私は扉に刻まれた文字を追った。
そこには、先ほどまでの警告とは異なる、詩のような文章が記されていた。
『盲目の竜は、光を見ることなく、されど、真なる宝をその腕に抱く。
竜の眼を求めるな。見えぬ者こそ、真実を知る。
宝に刻まれしこの世界を表せ。
さすれば、眠れる宝は目覚め、閉ざされし門もまた、開かれん』
「つまり、これってパズルじゃないの?」
アカリが扉の彫刻を指さした。
竜の抱く宝箱。その中央には、三行三列のパネルが並んでいた。
八枚の石板がはめ込まれ、残る一マスだけが空白になっている。石板にはそれぞれ異なる絵が刻まれており、隣り合う石板を滑らせて位置を入れ替えられる仕組みらしい。
私は石板を一枚ずつ観察した。
描かれているのは、竜、鉱人族、森人族、人族らしき四枚の人物画。そして、エベレスらしき山、澄み渡る空、美しい野原、地下洞窟の四枚の風景画だった。
どれも特徴をよく捉えた、わかりやすい意匠だ。
ただ、絵柄以外にも気になる点があった。
石板の縁には、小さな刻みがいくつも施されている。
最初は装飾かと思ったけれど、よく見ると、その形には一定の規則があるようだった。
「そうかな……。でも、触れるのは危険かも。魔力に反応して、仕掛けが発動するかもしれないし」
「それなら任せなさい。私は魔力を出さないことができるわ」
「え? そんなことできるの?」
アカリは自慢げに微笑んだ。
「何を言ってるのかしら、この子は。私たちは元々、魔力を体外に出すことはできなかったでしょ? アカリの場合は、この先にいる奴のせいで、やっと出せるようになったんでしょ?」
「そう」
「でも、私の場合は、自分で閉じられていた穴を開けたのよ。だから、閉じることもできる。任せておいて。あ、でも、どのパネルをどこに動かせばいいかは指示してね」
「うん。まずは仕組みを考えてみるわ」
私は改めて、八枚の石板を観察した。
竜の絵には、土穿竜とは違う、翼を広げた姿が描かれている。
鉱人族の絵には、手にした道具と頑丈そうな装備。
森人族の絵には、植物で作られた装飾。
人族の絵には、ほかの三種族ほど目立った特徴がない。
風景画は、山、空、野原、地下洞窟の四種類。
ここまではわかる。
問題は、これらをどう並べるかだ。
「竜は山と空、鉱人族は山と地下ね。とすると……」
「早く!」
「待ってよ。森人族は空と野原。残りは人族か。野原はともかく、地下っていうのはどうなんだろう……」
絵柄の意味を考えながら、私は石板の配置を頭の中で組み立てていく。
竜は山と空を渡る存在。
鉱人族は山を掘り、地下に住まう者たち。
森人族は自然とともに生き、空の下に広がる野原とも深く結びついている。
では、人族はどこに置くべきなのだろう。
人族は、特定の土地だけに結びついた種族ではない。山にも、野原にも、地下にも、人族は暮らしている。
だからこそ、人族の絵には、ほかの種族のようなわかりやすい特徴がないのかもしれない。
私は詩の一節を思い返した。
『宝に刻まれしこの世界を表せ』
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