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姉に全てを奪われた追放令嬢、辺境の村を再建します〜愛犬が転生した犬人少女と始める内政スローライフ〜  作者: 織部


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暗闇


「シズカぁ、なんか可哀想な気がする」

 私の服を引っ張りながら、クロエが辛そうな声で言った。

 視線の先では、土穿竜が大人しくしている。


 あれほど激しく抵抗していた巨体は、今ではほとんど動かない。首を垂れ、情けなさそうに口をへの字に曲げていた。


「そうね。でも、こうするしかないの。困ったわね」

 私がそう答えると、ガストンが胸を張って笑った。

「ははは、安心せぃ! 網には睡眠薬が塗ってあるが、こやつにも効いとるようじゃ。そのうち大いびきをかくぞ!」


「え? そんな準備までしていたの?」

「そうじゃ、と言いたいところじゃが、睡眠薬はエルフの妙薬。プラド様に貰ったものじゃ。使えとな」

 ガストンがそう説明すると、プラドも静かに口を開いた。


「奴には、魔術も攻撃も効かん。だが、この薬は治癒薬でもある。だから間違って取り込むと思ったが、予想通りだったな」

「治癒薬……」

 私は土穿竜を見た。

 眠らせるための薬なのに、治癒薬でもある。

 私たちは土穿竜を傷つけたいわけではない。それでも、この先へ進むためには、こうするしかなかった。


 しばらくして、土穿竜の巨体がゆっくりと揺れ始める。最初は、わずかな動きだった。

 身体を動かそうとするように地面の上でもぞもぞと身じろぎしていたが、その動きも次第に弱くなっていく。

 やがて頭が下がり、その大きな身体から力が抜けていった。


「……眠くなってきたのかしら」

 アカリが呟いた。

 その直後だった。

「グォォォォ……」

 低く大きな音が響いた。

 土穿竜は、ドワーフのガストンが言った通り、大きないびきを立てて眠りについた。


「……寝ちゃった」

 クロエが小さく呟く。

「ええ。今のうちに先へ進みましょう」

 私たちは土穿竜をその場に残し、歩き始めた。

 クロエだけは何度も振り返った。


 やがて土穿竜の姿が暗闇の向こうへ消えていくと、その大きないびきも少しずつ遠くなっていった。

 静かだった。

 周囲は静まり返り、私たちの足音だけが暗い通路の中に響いている。


 石の床を踏むたび、乾いた音が返ってくる。その音が妙に大きく感じられ、私は無意識に周囲を見回した。

 皆が光の魔術で暗闇を照らす。

 辺りが眩しいほどの光に包まれた。


 それでも、先へ進むにつれて、まるで濃い霧の中へ入っていくように、光が暗闇に吸われていく。

 少しずつ見える範囲が狭まり、たった数歩先すら見通せなくなっていった。

 それでも、私たちは前へ進むしかなかった。

 しばらく歩き続けたところで、通路の脇に壁が現れた。


「……あれ?」

 思わず足を止める。

 近づいてみると、その壁には見覚えがあった。

 私たちが先ほどまでいたドワーフの神殿と同じ、無骨で頑丈な造りの壁だ。


 そして、その先には、見覚えのある螺旋階段が続いていた。

「……同じだ」

 思わず声が漏れる。

 暗闇の中へと続く階段を見つめていると、先へ進むことをためらってしまう。


 この先には、何が待っているのだろう。

 胸の奥に、嫌な予感がじわりと広がっていく。

「シズカ……」

 クロエが小さな声で私を呼んだ。

「大丈夫よ」

 そう答えたものの、自分自身に言い聞かせている感じだ。


 この先で待ち受けている、忌まわしい存在。それを思うと足がすくみそうになる。

 それでも、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。

「行きましょう」

「ああ、ゆっくりと行こう」

 炎石とカリオンたちの後に続き、私は階段へと足を踏み入れた。


 一段。また一段。

 階段を下りるにつれて、暗闇はさらに濃くなっていく。

 皆が生み出す光も、進めば進むほど遠くまで届かなくなっていた。


 前を歩いている炎石とカリオンたちを見失わないように、私は注意深く足を進める。

 けれど、いつの間にか、前を歩いていた彼らの姿を見失っていた。


「クロエ?」

 隣を歩いていたはずの彼女の姿も見えない。

 おかしい。

 暗闇の中でも、わずかな光さえあれば周囲を見通せる彼女が、私の姿を見失うはずがない。


 漆黒の闇ですら、匂いを頼りに苦もなく行動できるはずの彼女が。

 それなのに、今はその姿がどこにも見当たらなかった。

「どうしようかしら……」

 進むべきか、引き返すか。


 これは敵の罠だ。

 わかっていて飛び込んだが、仲間たちとはぐれてしまった今、簡単に判断できる状況ではない。

 私一人では戦う術が無い。

 たちすくみ、考え込んでいた私の背に、誰かがぶつかった。


「あ、ごめん」

 その声はもちろん知っている声。

「アカリ……」

 振り向くと、そこに姉の姿があった。

「シズカ、急に止まらないでよ!」

「でも……姉さん、他の人は?」


「さあ、前の人の影を必死で追ってた。それがシズカだった」

 私は、これからどうすべきか考えていることを話した。

 この場所が敵の罠かもしれないこと。


 そして、このまま進むべきか、戻るべきか迷っていること。

 それを聞いたアカリは、少しも迷う様子を見せなかった。

「迷子じゃなくて、私たちだけ招かれているんじゃない? 進みましょう」


「それは危険よ!」

「危険を覚悟してきたはずでしょ」

 なんという無謀な人。

 私は呆れながら笑ってしまった。

 姉さんは昔からこういうところがある。


 危険があるとわかっていても、立ち止まるより先へ進もうとする。

 けれど、今はその無謀さに救われたような気もした。

 きっと階段を登っても、出口には辿り着かないだろう。そんな予感がした。


「幽霊屋敷、肝試しかな。違う迷宮ね」

「さ、行きましょう。ここの主人が待ってるわよ!」

 アカリは私の手をとって、階段を降りようとする。

「姉さん、待って」

 私は目を閉じた。そうだ。

 魔力の流れを感じるのだ。


 目に見えるものだけを追ってはいけない。この場所には、何かがおかしい。

 私は意識を集中させ、周囲の魔力の流れを探った。

 すると、少しずつ違和感の正体がわかった。


「こっちだ」

 螺旋階段だと錯覚していたが、それは最初だけだったのだ。

 階段そのものは確かに続いている。

 けれど、途中から巧妙に傾斜をつけられている。


 少しずつ方向をずらされているため、私たちは螺旋階段をそのまま降り続けていると思い込んでいたのだ。

 だから、階段を降りても意味がない。

 進むべき場所は、別にある。


「壁に……」

 アカリが何かに気づいたように声を上げる。

「ぶつからないわ。階段は降りても意味ないの。こっちよ」

 私は魔力の流れから、本当に進むべき方向を見つけた。


 ここから先は、目の前にある階段に従う必要はない。私は、アカリの手を強く握ると、外壁があると考えていた方向へと進んだ。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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