第八話 突然の…
「…いや、それは無理なお話し!」
「エレノア!?」
アウレア魔法学園生徒会、特別監査エレノア・ルミナス。
魔導具開発、魔法理論、古代魔法研究を行っている、王国最大の研究機関、“王立天星魔導研究院”の院長の娘である彼女は、昔から少し変わっていた。
同年代の子供たちが人形遊びやお茶会に夢中になる中、エレノアだけは違った。幼い頃から研究院の書庫へ忍び込み、難解な魔導書や古文書を読み漁る日々を過ごした。どんどん魔法理論に取り憑かれていった彼女は、運命的な文字を目にする。
それが“時守の一族”の“時間魔法”だ。
実践的な研究や魔法理論の解明もほとんど進んでいない、未知の魔法とされていたそれは、研究者にとってはロマンそのものだった。だから、彼女は夢中になった。様々な文献を漁り、誰も知らない真理の解明や未知の謎を解き明かそうと躍起になった。
そう、彼女は熱狂的な“時守マニア”だったのだ。
だから、エレノアは純粋な研究者の一人として声を上げた。周囲の空気が凍りついている事など、微塵も気にしない。むしろ、なぜ驚かれているのか理解に苦しんでいた。
「みなさん、考えてみれば分かるというお話し」
赤縁の眼鏡をくいっと上げて、キンとした声を張り上げる。眼鏡の奥のラピスラズリを嵌め込んだような瞳は、真剣だった。
「地蝕など、数十年に一度起こるか分からない大災害。それがまるで“何事もなかったかのように消滅”している。その異常性を、王立天星魔導研究院の研究者達が見逃すはずがないというお話し!」
「…確かに、一般生徒は避難を終えていて、あの場には僕達しかいなかったけど、どこから情報が漏れるか分からないもんね〜」
シオンが納得したように呟く。アージェンの顔色が変わった。エレノアの言葉が正しいことを、彼も理解したのだ。
「そう、必ず調査が始まる。そして調査によって時間魔法の痕跡が見つかれば、研究者達は狂喜乱舞するというお話し!」
その言葉にヴィオラの背筋が冷えた。そうだ。その通りだ。あの時、隠しきれないと覚悟をした。惨状を引き起こさないために、自分を犠牲にする決断をしたのだ。今さら、逃げることはできない。
「そうなれば!」
エレノアは勢いよくヴィオラを指差した。
「私は貴重な研究対象を奪われてしまうという重大なお話しなのです!!」
「そこなの!?」
「…ふっ!」
「…ぷはっ!!」
シオンが盛大に突っ込んだ。
ユノが笑いを堪えて、慌てて口を押さえたが、ガルディアスは耐えられず吹き出した。
「つまり!ヴィオラ様とアージェン様を保護し、研究院から守る必要があるというお話し!!」
エレノアは胸を張る。
「研究院の娘が言う台詞じゃないだろ……。それに、下心丸見えだし〜」
シオンが呆れたように呟いた。
「だって研究者は怖いの」
「お前も研究者だろ!」
「私はまだ分別のある研究者というお話し」
「信用ならないなぁ〜」
もう、嫌な予感しかしない。ヴィオラは思わず額を押さえた。
「誰が、あなたたちなんかに守られるものか。義姉さんは僕が守ります」
アージェンが低く唸った。銀灰色の瞳には強い警戒心が宿る。その声には絶対に譲らないという、強い意思が込められていた。
「でも、弟くん。今さら誰にも知られずに暮らすのは不可能というお話し」
「ぐっ……!」
人差し指を立ててエレノアがアージェンに詰め寄る。正論だった。
「……確かにその通りだな」
ルシアンが静かに口を開いた。そしてヴィオラの傍に近寄ると、胸に手を当て美しい所作で跪いた。彼が近付くだけで空気が変わる。王族特有の気品と、生まれながらに人の上に立つ者の風格が自然と滲み出ていた。
「リュウール伯爵令嬢」
「は、はい……」
「エレノアが失礼をしました。どうぞお許しを」
優しく微笑むその姿に、ヴィオラの鼓動が僅かに速くなった。柔らかな声だった。
だからこそ、ヴィオラは戸惑ってしまう。こんな風に向き合われたことなど初めてだ。
すると隣から殺気が立ち上った。
「駄目です」
「まだ何も言っていないだろう」
「許可しません」
アージェンの目が、本気で怖い。王国の人間に対しての敵対心が強い彼にとっては、警戒心を剥き出しにするのは当然だ。けれど、向こうが歩み寄ってくれているのだから、こちらも歩み寄るのが筋だろう。
「ジェー」
ヴィオラが袖を引いて静止させる。不満そうに唇を尖らせながらも、アージェンは渋々黙った。
その様子を見て、ルシアンは軽く咳払いをすると、満面の笑みを浮かべながらとんでもない爆弾を投下した。
「私、ルシアン・ヴァンヴェールは
ヴィオラ・リュウール伯爵令嬢を一生守ると誓います。
どうか私と結婚して下さい」
意外な一言に、その場が静まり返る。ヴィオラの思考も完全に停止した。
(……え?今、なんて言ったの?)
思考回路が追いつかない。呆然としながら視線を送ると湖面の煌めきにも似た碧い瞳に、胸が跳ね上がった。色気を含んだ長いまつ毛。白磁肌に整った鼻筋と厚みのある唇。怖い程綺麗な顔に囚われたまま、冷や汗が背中を伝った。
「結婚だってぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
アージェンの絶叫が響き渡った。
「あの、待って下さい。何故でしょうか?ついさっきまで、一族への謝罪を受けていたはずですが…どうして話が結婚まで飛躍するのでしょうか?」
「そうだ、どうしてそんな思考になるんですか!?殿下!!」
アージェンが今にもルシアンへ飛びかかりそうな勢いで叫ぶ。しかし当の本人は涼しい顔だった。
「私達はヴィオラ嬢の力を利用したいわけではありません」
その瞳は驚くほど真っ直ぐだった。
「守りたいのです」
「……私をですか?」
「はい。」
「だからって、何故、結婚話に飛躍するのですか!?王家の人間に近づいたら、義姉さんに危険が迫るかもしれないんですよ!?」
「だからこそです」
ルシアンのその姿は凛々しかった。あのアージェンがたじろいでいる。これが王家の王子なのか。威厳がまるで違う。
「第二王子の婚約者が、まさか滅んだ“時守の一族”だと誰が思うでしょうか?むしろ完璧な隠れ蓑となります」
ルシアンはさらりと言った。確かにそうかも知れない。けれど、その言葉に戸惑いを隠せなかった。時守の力は恐れられるものだった。守られる対象ではなく、監視される対象だった。信じられない。守るという言葉は名目で、本当は監視なのではないかと疑ってしまう。
「それに、私の婚約者になれば生徒会に入る事も出来るのです」
「…生徒会」
アウレア学園の生徒会役員の選出には特例があった。生徒会長の婚約者とその護衛には特例が認められ、生徒会に所属することができる。そのため、多くの令嬢や子息が、ルシアンとの婚約や側近の座を狙って媚びを売っている。
「あなたは学園を救った。だから今度は私達があなたを守る番です」
すっと、私の手の甲に唇を落とす。
アージェンのこめかみにうっすら青筋が浮かんだ。
「駄目だ!駄目だ!!絶対!駄目だ!!」
ルシアンの手を振り払いながらアージェンが叫ぶ。
「いや、君も私の護衛になれば、生徒会に入れるようにできる。そうすれば義姉さんと離れずに済む」
「はぁ?!」
「だって、おかしいと思わないかい?いくら危険だと言っても、あれだけの力がある時守の一族を滅亡させたんだ。絶対王家に裏があると思わないかい?」
「なんだって……?」
「一緒にお姉さんを守るべく、真相を突き止める気はないかい?」
「くっ、それは……」
「そうすれば、四六時中、彼女と一緒にいられる。誰にも文句が言えない」
「………………」
凄い…。あのアージェンが言い負かされている。ヴィオラは珍しい光景を目を細めて眺めた。
「会長、また優秀な人材を引き抜いてるよ〜。本当、腹黒だよね〜」
「何だかんだ言って、下心丸見えなのは誰なんだっていうお話」
「…どうしましょう…。求婚のシーンなんて初めて見ました…。ドキドキします…」
「かっはっはー。ヴィオラ嬢とアージェン殿が仲間に入ってくれるのは嬉しいな!」
生徒会役員達も各々、好きな事を言い出す。何だか頭が痛くなってきたヴィオラは、頭を抱えた。もう収拾がつかない。その時だった。
「……あんた達ぃぃぃぃっ!!」
セシリアの怒号が部屋を揺らした。全員がびくりと肩を震わせる。
「ごちゃごちゃ好き勝手なこと言わないの!ヴィオラちゃんが頭抱えちゃってるじゃない!!魔力を使い切って疲れてるんだから、困らせない!!ほら、みんなさっさと部屋から出て!」
ゴゴゴゴゴ……。
背後に炎の幻覚が見える。誰も逆らえない。皆ヴィオラの方を申し訳なさそうに見つめ、すごすごと部屋から出ていく。
「……」
「失礼しました」
「ごめんなさい」
「悪かった」
「退避するというお話」
「また後でね〜」
全員、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。最後にセシリアが振り返る。
「ヴィオラちゃん、本当にごめんね!ここは生徒会室の奥にある医療室だから、ゆっくり休んでね!」
ぱちん、とウィンクをして颯爽と部屋を出ていく。その後ろ姿は誰よりも格好良かった。
(……セシリア先輩、素敵)
そして、静かな部屋で一人頭を抱えたのだった。




