↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/33

第七話 純粋な謝罪

「…ちっ」


 ヴィオラを抱き締めたまま、アージェンが顔を上げた。銀灰の瞳には隠そうともしない敵意が宿っている。


「……全く調子がいいですね」


 低く吐き捨てる声に、部屋の空気が張り詰めた。


「貴方たち王国が僕たち――『時守の一族』にした事を忘れたのですか?散々『時間を操る忌わしい一族』と呼び、危険だと決めつけ、村を焼き払っておいて」


「散々迫害しておいて、今さら救世主?」


 ぎりっと歯を食いしばる。その声には憎しみが滲み出ていた。アージェンの声が震える。


「都合が良すぎると思わないのですか?義姉さんが助けなければ、貴方たちは死んでいたのです!!僕の仲間たちと同じように」


 アージェンの脳裏には今でも焼き付いている。

炎に包まれた村、崩壊した住み慣れた家、無情に殺されていく村の人たち。苦しくて悲しくて、生き物のように襲ってくる炎の中を、小さい身体で必死に逃げた記憶。


「僕たちが王国に何をしたと言うのでしょう?時間魔法が使えるだけで罪人呼ばわりされていたのです!!時間魔法で王国の首都を壊滅させたことがありましたか?王宮を襲いましたか?僕たちはそんなことをしていません!それなのに…貴方たち王国は仲間を一方的に殺戮したのです!!!一体どれだけの人が犠牲になったか知っていますか!?」


「……ジェー、落ち着いて」


 ヴィオラがそっとアージェンの袖を引く。しかし、彼の怒りは収まらなかった。当然だ。私たちは七年前のあの日、全てを失ったのだ。

 

 美しい花々が咲き乱れる、故郷。


 冗談を言い合いながら笑い合える、仲間。


 寝る瞬間に温かく抱きしめてくれる、家族。


 燃え盛る炎が全て奪っていった。王国の理不尽な迫害によって。だからこそ、ヴィオラは何も言えなかった。彼の怒りは正しかった。


「――その通りです」


 ルシアンの静かな声が部屋に響いた。彼はゆっくりと顔を上げると、真っ直ぐな碧い瞳でヴィオラ達を見つめた。その目には一切の迷いがない。


「言い訳はできません。時守の一族に対して行われた迫害は、王国の誤りでした」


 その言葉に、誰もが息を呑んだ。王家の人間が、自分たちの行いの過ちを認めたのだ。あり得ない事だった。


 ヴィオラの肩が微かに震える。時守は危険な禁忌の一族。誰も理解してくれないと信じていた彼女にとって、その言葉はあまりにも衝撃的だった。

 

「私は、当時はまだ幼く、詳しい事情を知りませんでした。ですが、あれほどの災害を抑える力を持つ一族を糾弾したことが、王国の過ちだったことは理解しています。知らなかったことを理由に責任から逃げるつもりはありません」


 その表情には、民を思う一人の王族の人間としての苦悩が浮かんでいた。そして、ルシアンは床へ両膝をつき、額が床につくほどさらに深く身体を折る。その光景は、にわかには受け入れがたいものだった。


「王家の血を引く者として謝罪します。申し訳ありませんでした。時守の一族の皆様へ、追悼と鎮魂の意を捧げます」


 重苦しい静寂が部屋を包み込む。誰もが悲痛な面持ちを隠さなかった。一国の王子が、忌み、危険視されていた一族へ頭を下げている。その姿には誇りも体裁もない。ただ純粋な謝罪だけがあった。


「…私からも謝罪させて下さい」


 続いてセシリアが前へ出た。いつも堂々としている副会長の姿はなかった。騎士が亡き者に祈りを捧げるように、剣を胸の前に掲げる。


「王国の公爵家に生まれた者として謝罪します。あなたたちがどれほど苦しんできたのか、私には想像もできないけど、つらかったでしょう……」


 若草色の瞳が悲しげに揺れ、声は震えていた。

ヴィオラは思わず目を逸らす。優しい言葉だった。だからこそ苦しくなった。


「君たちはそう思うんだ――僕もそう思うよ」


 シオンが肩を竦める。いつもの飄々とした笑みは、そこにはなかった。


「犯してしまった過去は消せないよね。僕も侯爵家の人間として謝るよ」


 静かに頭を下げる。風のように自由な彼が、真摯な声音で言った。


「苦しめてごめん」


 短い言葉だった。だが、その一言には嘘がなかった。


「す、すみません…私、助けてもらったのに……何も知らなくて……!」


 ユノがぽろぽろと涙を零しながら頭を下げる。


「本当にごめんなさい……!」


 ヴィオラは困惑する。ユノは何も悪くないのに、自分たちの痛みに心を痛めて彼女は泣いていた。


「ふん」


 ガルディアスが鼻を鳴らした。だが、その目は真剣だった。


「俺は難しい話は分からん。だがな、ヴィオラ嬢が命懸けで皆を守ったことだけは分かる」


 ニカッと白い歯を見せて屈託なく笑う。


「それだけで、俺は十分だ」


 不器用な優しさだった。


「私としては、時守の一族は非常に興味深く――」


 エレノアが口を開いた途端、全員がじろりと睨んだ。


「……こほん」


 慌てて咳払いをする。


「まず謝罪が先というお話し」


「時守の一族への迫害は致命的なミスでした。研究者の一員としてお詫びします」


 珍しく神妙な顔で深く頭を下げる。


 ヴァンヴェール王国を支える人材を輩出すると言われている、アウレア魔法学園のトップの生徒会役員達。その全員が、ヴィオラとアージェンに向かって頭を下げ、謝罪の意を示している。


 胸の奥が熱くなった。ヴィオラは唇を震わせる。何か言わなければと思うのに、胸がいっぱいで、言葉が出てこなかった。


 脳裏に浮かぶ村の光景、優しい人々、笑い声、祭りの日の賑わい。そして母親の温かさ。忘れた事など一度もない。もう二度と元には戻らない。失われたあの幸せな時間は、もう二度と帰っては来ないのだ。


 それでも…今、初めて、その死を悼む言葉を聞いた気がした。


「…うっ…っ…うう……」


 涙が溢れ、視界が滲んでいく。そうか。私は誰かに分かって欲しかったんだ。大好きな彼らを、危険だからと、この世から消されてしまった大切な家族を、もう戻る事も出来ない故郷の美しい土地を。そして、やるせないこの思いを、自分ではどうにも出来ないこの苦しみを、隠して逃げなければならないこの理不尽さを。王国から嫌われ、抹消されてしまった、時守の一族が確かに存在していたという証を。


「…もっと早く…」


 もっと早く気付いて欲しかった。


 時を操る魔法が使えると言っても、時間を巻き戻す魔法はない。時守の一族に伝わるのは、時間を一時的に止めたり、遅速を変化させる魔法と、時蝕対策の封印の術のみだ。万能ではない。


 時を戻したいと思っても不可能なのだ。今更気づいても遅すぎるのだ。過ぎた時間はもう戻って来ないのだ。


 涙がぽたぽたと、布団に吸い込まれるように染みを作っていく。


『ヴィオラ、私達時守は、未来の時間を守る事が使命なのよ』


 母親の声が聞こえた。そうだ。過去は変えられない。なら、これから未来を変えればいいのだ。


「…義姉さん……」


「大丈夫よ。ジェー」


 笑顔で涙を拭った。


「…みなさん、顔を上げて下さい」


「…私はあなたたちを許します」


 全員息を呑んだ。


 嘘だった。本当は許せない。いや、許してはいけない。けれど、ここに居る彼らは何も悪くない。憎む相手を間違えてはいけない。でも、彼らの誠意には応えたかった。


「時守の一族を代表して、みなさんの謝罪を受け入れます」


「…だからどうか、私達をそっとしておいて下さい」


 彼らと私たちでは、生きている世界が違いすぎる。もう二度と関わりたくなかった。


「…いや、それは無理なお話し!」


「エレノア!?」


 シオンが慌てて突っ込む。せっかく綺麗に話がまとまりかけていた空気が、一瞬で吹き飛んだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。