第七話 純粋な謝罪
「…ちっ」
ヴィオラを抱き締めたまま、アージェンが顔を上げた。銀灰の瞳には隠そうともしない敵意が宿っている。
「……全く調子がいいですね」
低く吐き捨てる声に、部屋の空気が張り詰めた。
「貴方たち王国が僕たち――『時守の一族』にした事を忘れたのですか?散々『時間を操る忌わしい一族』と呼び、危険だと決めつけ、村を焼き払っておいて」
「散々迫害しておいて、今さら救世主?」
ぎりっと歯を食いしばる。その声には憎しみが滲み出ていた。アージェンの声が震える。
「都合が良すぎると思わないのですか?義姉さんが助けなければ、貴方たちは死んでいたのです!!僕の仲間たちと同じように」
アージェンの脳裏には今でも焼き付いている。
炎に包まれた村、崩壊した住み慣れた家、無情に殺されていく村の人たち。苦しくて悲しくて、生き物のように襲ってくる炎の中を、小さい身体で必死に逃げた記憶。
「僕たちが王国に何をしたと言うのでしょう?時間魔法が使えるだけで罪人呼ばわりされていたのです!!時間魔法で王国の首都を壊滅させたことがありましたか?王宮を襲いましたか?僕たちはそんなことをしていません!それなのに…貴方たち王国は仲間を一方的に殺戮したのです!!!一体どれだけの人が犠牲になったか知っていますか!?」
「……ジェー、落ち着いて」
ヴィオラがそっとアージェンの袖を引く。しかし、彼の怒りは収まらなかった。当然だ。私たちは七年前のあの日、全てを失ったのだ。
美しい花々が咲き乱れる、故郷。
冗談を言い合いながら笑い合える、仲間。
寝る瞬間に温かく抱きしめてくれる、家族。
燃え盛る炎が全て奪っていった。王国の理不尽な迫害によって。だからこそ、ヴィオラは何も言えなかった。彼の怒りは正しかった。
「――その通りです」
ルシアンの静かな声が部屋に響いた。彼はゆっくりと顔を上げると、真っ直ぐな碧い瞳でヴィオラ達を見つめた。その目には一切の迷いがない。
「言い訳はできません。時守の一族に対して行われた迫害は、王国の誤りでした」
その言葉に、誰もが息を呑んだ。王家の人間が、自分たちの行いの過ちを認めたのだ。あり得ない事だった。
ヴィオラの肩が微かに震える。時守は危険な禁忌の一族。誰も理解してくれないと信じていた彼女にとって、その言葉はあまりにも衝撃的だった。
「私は、当時はまだ幼く、詳しい事情を知りませんでした。ですが、あれほどの災害を抑える力を持つ一族を糾弾したことが、王国の過ちだったことは理解しています。知らなかったことを理由に責任から逃げるつもりはありません」
その表情には、民を思う一人の王族の人間としての苦悩が浮かんでいた。そして、ルシアンは床へ両膝をつき、額が床につくほどさらに深く身体を折る。その光景は、にわかには受け入れがたいものだった。
「王家の血を引く者として謝罪します。申し訳ありませんでした。時守の一族の皆様へ、追悼と鎮魂の意を捧げます」
重苦しい静寂が部屋を包み込む。誰もが悲痛な面持ちを隠さなかった。一国の王子が、忌み、危険視されていた一族へ頭を下げている。その姿には誇りも体裁もない。ただ純粋な謝罪だけがあった。
「…私からも謝罪させて下さい」
続いてセシリアが前へ出た。いつも堂々としている副会長の姿はなかった。騎士が亡き者に祈りを捧げるように、剣を胸の前に掲げる。
「王国の公爵家に生まれた者として謝罪します。あなたたちがどれほど苦しんできたのか、私には想像もできないけど、つらかったでしょう……」
若草色の瞳が悲しげに揺れ、声は震えていた。
ヴィオラは思わず目を逸らす。優しい言葉だった。だからこそ苦しくなった。
「君たちはそう思うんだ――僕もそう思うよ」
シオンが肩を竦める。いつもの飄々とした笑みは、そこにはなかった。
「犯してしまった過去は消せないよね。僕も侯爵家の人間として謝るよ」
静かに頭を下げる。風のように自由な彼が、真摯な声音で言った。
「苦しめてごめん」
短い言葉だった。だが、その一言には嘘がなかった。
「す、すみません…私、助けてもらったのに……何も知らなくて……!」
ユノがぽろぽろと涙を零しながら頭を下げる。
「本当にごめんなさい……!」
ヴィオラは困惑する。ユノは何も悪くないのに、自分たちの痛みに心を痛めて彼女は泣いていた。
「ふん」
ガルディアスが鼻を鳴らした。だが、その目は真剣だった。
「俺は難しい話は分からん。だがな、ヴィオラ嬢が命懸けで皆を守ったことだけは分かる」
ニカッと白い歯を見せて屈託なく笑う。
「それだけで、俺は十分だ」
不器用な優しさだった。
「私としては、時守の一族は非常に興味深く――」
エレノアが口を開いた途端、全員がじろりと睨んだ。
「……こほん」
慌てて咳払いをする。
「まず謝罪が先というお話し」
「時守の一族への迫害は致命的なミスでした。研究者の一員としてお詫びします」
珍しく神妙な顔で深く頭を下げる。
ヴァンヴェール王国を支える人材を輩出すると言われている、アウレア魔法学園のトップの生徒会役員達。その全員が、ヴィオラとアージェンに向かって頭を下げ、謝罪の意を示している。
胸の奥が熱くなった。ヴィオラは唇を震わせる。何か言わなければと思うのに、胸がいっぱいで、言葉が出てこなかった。
脳裏に浮かぶ村の光景、優しい人々、笑い声、祭りの日の賑わい。そして母親の温かさ。忘れた事など一度もない。もう二度と元には戻らない。失われたあの幸せな時間は、もう二度と帰っては来ないのだ。
それでも…今、初めて、その死を悼む言葉を聞いた気がした。
「…うっ…っ…うう……」
涙が溢れ、視界が滲んでいく。そうか。私は誰かに分かって欲しかったんだ。大好きな彼らを、危険だからと、この世から消されてしまった大切な家族を、もう戻る事も出来ない故郷の美しい土地を。そして、やるせないこの思いを、自分ではどうにも出来ないこの苦しみを、隠して逃げなければならないこの理不尽さを。王国から嫌われ、抹消されてしまった、時守の一族が確かに存在していたという証を。
「…もっと早く…」
もっと早く気付いて欲しかった。
時を操る魔法が使えると言っても、時間を巻き戻す魔法はない。時守の一族に伝わるのは、時間を一時的に止めたり、遅速を変化させる魔法と、時蝕対策の封印の術のみだ。万能ではない。
時を戻したいと思っても不可能なのだ。今更気づいても遅すぎるのだ。過ぎた時間はもう戻って来ないのだ。
涙がぽたぽたと、布団に吸い込まれるように染みを作っていく。
『ヴィオラ、私達時守は、未来の時間を守る事が使命なのよ』
母親の声が聞こえた。そうだ。過去は変えられない。なら、これから未来を変えればいいのだ。
「…義姉さん……」
「大丈夫よ。ジェー」
笑顔で涙を拭った。
「…みなさん、顔を上げて下さい」
「…私はあなたたちを許します」
全員息を呑んだ。
嘘だった。本当は許せない。いや、許してはいけない。けれど、ここに居る彼らは何も悪くない。憎む相手を間違えてはいけない。でも、彼らの誠意には応えたかった。
「時守の一族を代表して、みなさんの謝罪を受け入れます」
「…だからどうか、私達をそっとしておいて下さい」
彼らと私たちでは、生きている世界が違いすぎる。もう二度と関わりたくなかった。
「…いや、それは無理なお話し!」
「エレノア!?」
シオンが慌てて突っ込む。せっかく綺麗に話がまとまりかけていた空気が、一瞬で吹き飛んだ。




