第十二話 副会長の苦悩
「随分と派手な求婚劇を繰り広げたそうじゃない? ルシアン」
生徒会室へ足を踏み入れたセシリアは、執務机に向かう第二王子へ、呆れ混じりの視線を向けた。
『生徒会長ルシアン・ヴァンヴェールが、無名の地味な令嬢に跪き、熱烈な求婚をした』
今朝から学園中は、その話題で持ちきりだった。昨日の出来事から一夜明けただけだというのに、まさかここまで大胆な行動に出るとは予想していなかった。冷静沈着で知られる生徒会長らしからぬ暴走ぶりに、さすがのセシリアも頭を抱える。
(もう少し慎重な性格だったと思っていたのだけれど……私の勘違いだったのかしら)
もちろん、時守の一族を保護するという方針には異論はない。あれほどの奇跡を目の当たりにした以上、その存在が王国にとってかけがえのないものであることは疑いようもなかった。
だが、保護するどころか、学園中の注目を集めるような真似をしてしまっては本末転倒だ。ルシアンが何を考えているのか、幼馴染であるセシリアにも見当がつかなかった。
すると当の本人は、書類から顔を上げ、蕩けるような笑みを浮かべた。
「ああ。最高の気分だよ、セシリア」
その顔を見て、セシリアは思わず額を押さえた。王族としての威厳を纏い、常に隙を見せなかった男はどこへ行ったのか。そこには、一人の少女に恋をした、一人の男がいた。
(……まあ、無理もないわね)
昨日の光景が脳裏によみがえる。黒い瘴気に覆われ絶望に染まりかけた学園で、時を司る神秘を纏い災厄を鎮めた少女。
崩壊寸前だった学園に舞い降りたその姿は、まさしく空から降臨した救済の女神そのものだった。あの神々しい光景を目にして、心を奪われない男などいるのだろうか。
少なくとも、幼い頃から誰よりも理性的で、感情より責務を優先してきたルシアン・ヴァンヴェールという男が、一瞬で恋に落ちてしまった。それほど、ヴィオラ・リュウールという少女は、美しく、そして眩しかった。
それは、理解できる。理解できるが、一国の第二王子という立場の者が、そう簡単に婚約して良いのだろうか。
普通は、国の利益や相手の家柄が優先され、政略的に婚約者が決まる事が多い。彼は昔から、婚約者を作る事に関しては沈黙を貫いていた。だからこそ、信じられない気持ちでいっぱいだった。
「王家やリュウール伯爵家には話はちゃんと通してあるのでしょうね?」
「あぁ、もちろん」
ルシアンは自信に満ちた笑みを浮かべた。
「父上には以前から伝えていたよ。婚約者はリュウール伯爵家の令嬢にするとね」
「……え?」
「伯爵家にも正式な求婚状は送っていた」
「ちょっと待ちなさい」
「ただ、伯爵からは『娘を見つけ出せたなら認めよう。』と言われていてね」
セシリアの目が大きく見開かれる。
「……まさか」
目の前の男は、年相応の少年のような顔で笑った。
「そう。私はずっと彼女を探していたんだ」
「……なんですって?」
「ようやく会えたんだよ!」
恍惚の表情で、歓喜の姿を隠しもしないルシアンに、セシリアは顔を顰める。
(引くわ……)
いや、思い切り引いた。
話を聞く限り、彼は以前からヴィオラに想いを寄せていたことになる。だが、接点などあっただろうか。
幼い頃から第二王子の護衛を務めてきた、セシリア・ローズマリーが知らないはずがない。
代々、王宮騎士団を任され、多くの王族護衛騎士を輩出してきたローズマリー公爵家では、幼い頃からセシリアを第二王子の護衛として傍に置いていた。何にも完璧に物事をこなし、弱点などない第二王子に少し物足りなさを感じる位だった。
その彼が、体面も何もかも投げ捨て、一人の少女のために突っ走っている。
(……最高じゃない)
口元が思わず緩む。こんな主君を見る日が来るとは、なんて面白いのだろう。
そんな彼女を見て、ルシアンが愉快そうに微笑んだ。
「そういうセシリアこそ、人のことは言えないんじゃないか?」
ルシアンの言葉に、ギクッと肩を震わせる。
「……何の話かしら?」
「ふふ。隠しても無駄だよ」
碧い瞳が楽しげに細められる。
「ローズマリー公爵に頼んで、アージェン・リュウール令息へ求婚状を送ったそうじゃないか」
「…………」
極秘に頼んだのに、どこから知られたのだろうか?騎士の家系であるローズマリー公爵家にとって、優秀な魔術師との繋がりは重要である。それは決して、私情ではなく家のためだった。
断じて、義姉を守るため、第二王子にすら一歩も退かなかったあの凛々しい姿に見惚れたからではない。
……たぶん
「彼は難しいよ」
「……」
「アージェン君は義姉一筋だからね」
「……」
「むしろ、セシリアが本気で口説いてくれた方が助かるくらいだ」
「……」
にこやかな笑みと爽やかな声。しかし、腹の中は真っ黒だった。
(この男……本当に腹黒い!!)
幼い頃から知っている、ルシアン・ヴァンヴェールという男は、優雅に微笑みながら相手を逃げ道のない場所へ追い込む、天性の策士だ。
そんな腹黒王子に振り回されながらも、長年付き合い続けている自分もまた、相当な物好きなのだろう。
コンコン――
張り詰めた沈黙を破るように、乾いたノックの音が生徒会室に響いた。返事を待つことなく扉が開かれる。
そこから顔を覗かせたのは、蒼色の髪をマッシュルームカットに揃え、赤縁の眼鏡を掛けた小柄な少女、エレノア・ルミナスだった。
「生徒会長。やっと到着したというお話」
眼鏡をくいっと押し上げながら、珍しく神妙な面持ちで告げる。
「……随分と遅い到着だね」
ルシアンは低く呟くと、窓の外へ視線を向けた。生徒会室から見下ろす校庭には、巨大な転移魔法陣が幾重にも展開されている。
蒼白い光が地面を覆い、その中心から銀色の外套を纏った十数名の人影が姿を現した。
「な、何だ!?」
「王都の騎士だ!」
「地蝕調査団だぞ!」
昼休みの校庭は、一瞬にして騒然となった。突然現れた王国直属の部隊に、生徒達の間にざわめきが広がっていく。
「……エレノア。王都への通達は昨日行ったはずだよな?」
「もちろん。地蝕発生直後に救援要請は済ませてあるというお話」
「……まさか」
二人の会話を聞いたセシリアが、息を呑んだ。背筋を冷たいものが駆け抜ける。
『地蝕調査団』
数十年に一度発生する大災害“地蝕”の真相究明のため、ヴァンヴェール王国によって創設された特殊機関だ。
王立天星魔導研究院、王宮騎士団、宮廷魔術師団、聖堂治癒院。
王国中から選び抜かれた最高峰の精鋭達によって編成される、災害調査部隊だ。主に、地蝕発生地点の調査や瘴気濃度の測定、魔獣の討伐や被害地域の封鎖そして、地蝕に関する全ての情報管理を行なっている。
本来であれば、真っ先に駆けつけるはずの存在だ。その一行が、丸一日遅れて姿を現した。
もし、ヴィオラが時蝕を鎮めていなければ。
もし、生徒会が最後まで持ちこたえられなければ。
彼らが目にしたのは、全滅した学園の瓦礫だけだっただろう。それではまるで、最初から後始末だけをしに来たようではないか。
「……どうして?」
呆然とセシリアは呟いた。
「さあ?それは直接、本人達に聞いてみようじゃないか」
ルシアンは静かに立ち上がり、薄く微笑みながら、窓の向こうを見据えた。
先程までヴィオラの話で浮かれていた青年の姿は、そこにはない。第二王子としての威厳を纏った、冷徹なる統率者の顔。その姿に、セシリアは思わず息を呑む。
(……やっぱり、この人は凄い)
どれほど動揺する状況でも、決して感情に呑まれない。
これこそが、自分達を率いる生徒会長。ルシアン・ヴァンヴェールという男なのだ。
「さて、彼らは敵かな?それとも味方かな?」
窓の外で整列する調査団を見下ろしながら、ルシアンは静かに笑う。
「……っ!!」
セシリアは目を見開いた。調査団の先頭に、銀の鎧を纏う男の姿が目に映る。
王宮騎士団団長、ローズマリー公爵。
自分の父親だった。嫌な予感が胸を締め付ける。
(……お父様)
どうか、味方でありますように。そう、セシリアは心の中で祈った。




