↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/33

第十一話 禁忌の魔法

 ヴィオラは疲弊していた。


 容姿端麗で令嬢達の憧れの的である生徒会長に、朝から婚約騒動に付き合わされたのだから無理もない。昨日の地蝕、朝に視た過去視、そして突然決まった婚約ーー。頭の中は整理が追いつかず、思考は完全に麻痺していた。


 重い足取りのまま教室の扉を開けた、その瞬間だった。


「ヴィオラ嬢っ!!」

「本当に婚約なさったんですの!?」

「殿下とは何処で出会われたのですの!?」

「どちらから告白されたんですの!?」

「婚約式はいつですの!?」


 令嬢達が雪崩のように、一斉に押し寄せて来た。普段は目立たない様に存在感を消し、空気のように扱われ、見向きもされなかったというのに、今では完全に注目の的だ。もう、平和な学園生活など終わったも同然だった。


「えっ、あの……」


 身の危険を感じるほどの圧力に、逃げ道はない。ヴィオラは壁際まで追い詰められた。


(お願い……勘弁して……)


 内心では泣きそうだった。高位貴族の令嬢も、見目麗しい令嬢も相手にしないと噂されている、生徒会長ルシアン・ヴァンヴェール。その彼が突然求婚したのだ。どんな手で心を掴んだのか、令嬢達が理由を知りたがるのも当然だった。


 だが、その真実はあまりにも味気なかった。彼は時守の力を必要としているだけだ。彼女達が思い描いているような、ロマンチックなエピソードは何もない。


 こちらも真実を知るために婚約を受け入れた。愛や恋などは存在しない。ただ互いに利用し合う、契約結婚に過ぎなかった。


「どうやってあの生徒会長を振り向かせたんですの!?」

「お互いどこに惹かれたんですの?」

「どうやって婚約に漕ぎ着けたのですか!?」


(そんなに知りたいの!?)


 血走った目で迫ってくる姿は、完全に猛獣の群れだった。ヴィオラは天を仰いで途方に暮れる。その時だった。


「……始業の鐘が聞こえなかったのか?」


 コン、と教卓を指で叩く音が響く。視線を向けると、一人の教師が不機嫌そうな顔で教壇に立っていた。


「朝から随分と賑やかだな」


 低く冷たい声が響く。担任教師、ザイデルバスト・エクトルだ。淡い菫色の髪を無造作に流し、銀縁眼鏡の奥では、氷のような蒼い瞳が教室全体を静かに見渡している。感情の読めない冷たい眼差し。その表情には笑み一つ無かった。


「席に着け」


 短い一言だった。それだけで教室は水を打ったように静まり返る。令嬢達も、そそくさと席へ戻って行った。


(助かった……)


 ヴィオラは安堵しながら席へ腰を下ろす。しかし、その安堵は長く続かなかった。ザイデルバストは何も言わず黒板へ向かい、白いチョークを黒板へ走らせる。


『魔法史 第十八章 禁術と魔法災害』


 その文字を見た瞬間、胸がざわついた。


(……嫌な予感がする)


「今日は予定を変更する。魔法史学書百八十六ページ」


 静かな声が教室へ響く。紙をめくる音だけが規則正しく続いた。


「昨日、本学園で発生した地蝕について取り上げる」


 その一言に、生徒達がざわめく。


(どうして、その話を……)


 ヴィオラは焦りを悟られないよう、机の下で拳を握り締めた。ザイデルバストは教壇から教室を見渡し、淡々と問い掛ける。


「まず諸君に問おう。君達が今学んでいる、魔法とは何だ」


 数人の生徒が顔を見合わせ、一人の男子生徒が立ち上がる。


「生活を豊かにする力です」


「魔物討伐や治療にも使われています」


「その通り」


 ザイデルバストは頷いた。


「魔法は人々の生活を支える文明の礎だ。しかし、便利な力に反して危険も伴う」


 その一言で教室の空気が引き締まる。黒板へ一本の線を引き、『魔法=力』と書き記した。


「同じ炎の魔法でも、暖を取るために使えば役に立つ。だが、街へ放てば家を焼き、街を滅ぼす」


 チョークが黒板を滑り、さらに一本線を引く。


『使い方』


「つまり問題なのは、魔法そのものではない。力をどう使うか。そして、誰が使うかだ」


「だから諸君は、この魔法学園で魔法を学ぶのだ。それは、強力な魔法を扱えるようになるためではない。諸刃の剣である魔法を正しく扱うためだ」


 凛とした声が教室に響く。妙な緊張感が教室全体を包んでいた。誰もが、“魔法は危険なもの”とは思っていないのだろう。しかし、昨日の地蝕で初めて身の危険を痛感した。使い方を改めて学ぶことを、先生は指し示したいのだ。


「そして、ここから本題だ。地蝕とは何か」


 一人の男子生徒が立ち上がった。


「大地に溜まった瘴気が亀裂から溢れ、土地を侵食し、魔物を生み出す災害です」


「よろしい。概ね正解だ。では問いを変えよう」


「何故、地蝕は発生するのか」


 教室が静まり返る。


「瘴気が溜まるから……」


「魔力暴走では?」


「自然現象だと聞きました」


 様々な答えが返ってくる。ザイデルバストは静かに首を横へ振った。


「現在の学説では、瘴気の集積による自然災害とされている。しかしまだ、はっきりとした原因は解明されていない」

 

「しかし。学説は真実とは限らない」

 

 ヴィオラは思わず顔を上げた。彼は教卓へ寄り掛かり、腕を組んでいる。無表情の担任教師からは、何の感情も読み取れなかった。


「昨日の地蝕。諸君は違和感を覚えなかったか?」


 教室中が息を呑む。


「規模、発生地点、瘴気の濃度、魔物の数。そして――」

 

「鎮圧までの速さ」


(……!)


 ヴィオラの鼓動が跳ねた。ザイデルバストは黒板へ新たな文字を書き込む。


『原因』


「物事には必ず原因がある。詳しくは瘴気の発生原因ではあるが、地蝕を発生させた原因は何だったのか」


 誰もが口を閉ざし、教室内を沈黙だけが支配した。その様子を見て、ザイデルバストは小さく目を細めた。


「瘴気は通常、強大な魔力の残滓や、邪悪な感情が長い年月をかけて変質し、生み出される。だから過去の地蝕は戦場跡や辺境の地で、多く確認されてきた。それなのに昨日、地蝕が発生した場所はどこだった?」


「アウレア魔法学園です。」


「そうだ。」


 ザイデルバストは静かに頷く。


「王国で最も厳格に魔法が管理され、未来の魔導師を育成する場所。その場所で、大規模な地蝕が起きた」


 静寂が流れる。


「偶然か。自然現象か。…私は、それだけでは説明がつかないと考えている」


「魔法とは、使い手の意思を映す力でもある。もし誰かが魔法の扱いを誤ったり、禁忌の魔法へ手を伸ばしたなら…」


 チョークが黒板を叩く。


『歪み』


「その歪みが瘴気を生みだす。瘴気が積み重なれば、地蝕という災害へ至る。」


 教室に息を呑む音が広がる。彼もまた、ヴィオラやルシアンの様に、真実に気が付いている。


「つまり、一つの仮説が成り立つ。昨日の地蝕は自然災害ではない。誰かが魔法を使い、意図的に生み出した、魔法災害だった可能性だ」


(……!)


 ヴィオラの胸が強く締め付けられる。母親の声が脳裏によみがえった。


『時蝕の原因は、いつだって人の願いだから。』

 

(この人……どこまで知っているの?)


 ザイデルバストは教室をゆっくり見渡す。その冷たい蒼い瞳が、一瞬だけヴィオラを捉えた。心臓が跳ねる。まるで胸の内まで見透かされたような錯覚が全身を駆け巡った。だが、彼は何事もなかったように視線を外し、黒板へ新たな文字を書く。


『禁術』


「ゆえに王国は、一部の魔法を禁じた」


 時間魔法。


 魅了魔法。


 魂魔法。


 闇魔法。


「力そのものが悪なのではない。だが、人の欲望は時として、魔法を禁忌へと変える」


 教室は静まり返っていた。


「だからこそ歴史を学ぶ。歴史は過去を知るためではない」


 一拍置いて、冷ややかな瞳で生徒達を見渡した。


「同じ過ちを、二度と繰り返さないためにある」


 何処か遠く、哀愁の籠もった瞳で生徒たちを見つめる。彼のその表情が、ヴィオラの脳裏に焼き付いて離れなかった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。