第十話 生徒会長の思惑
ヴィオラは心の中で膝をついた。何故、生徒会長がここにいるのか。それは明白だった。
(…そこまでして私の力を利用したいのね…)
時守の一族の力は、時蝕を抑える力があると知られてしまった以上は、ヴィオラの命は、彼の掌中にあるも同然だった。王族命令で拘束されていないだけ、まだマシだ。
「きゃー会長だわ!朝からご尊顔を拝見できるなんて!」
「隣の地味な子誰?」
ざわざわと生徒達が騒ぐ。波紋のように視線が広がった。胃が痛い。ものすごく痛い。
「会長」
「何でしょう?」
「少し離れて歩いて下さいませんか?」
「嫌です」
爽やかな笑顔だった。思わず拳をお見舞いしたくなるほど、爽やかだった。アージェンが隣で露骨に舌打ちする。
「……ちっ」
「弟君、朝から機嫌が悪いね」
「誰のせいでしょうね?」
「私かな?」
「…分かってるじゃないですか?」
悪びれない。一国の王子に対して、全く悪びれない。ドス黒いオーラの二人に挟まれる身にもなってほしい。ヴィオラは頭を抱えたくなった。
「ルシアン様ーっ!」
大勢の令嬢達から黄色い歓声が飛ぶ。そして、その視線が一斉にヴィオラへ向いた。
(終わったわ…)
今度こそ確信した。生徒会長の隣にいる時点で目立つ。もう「存在感の薄い令嬢」は完全に終了していた。その事実が重くのしかかる。
「……義姉さん?大丈夫?」
アージェンが心配そうに覗き込む。大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃない。しかし今更どうしようもなかった。時蝕を止めた時点で覚悟はしていた。隠し続ける未来は消えたのだ。そう考えると、不思議と少しだけ肩の力が抜けた。
そんなヴィオラを見て、ルシアンが穏やかに笑う。
「どうですか?昨日の提案は少し考えていただけましたか?」
「何のことでしょうか?」
「私の婚約者になって生徒会に入ることですよ」
生徒達が大勢いる中で、爆弾発言を投下する。聞き耳を立てていた、周りの令嬢たちから黄色い歓声が上がり、一斉に色めき立つ。
もしかして分かって発言しているのだろうか?そうならばこの生徒会長、相当な腹黒だ。抵抗の意味も込めてキッと顔を睨む。
「ふふ」
「なんですか?」
「怒った貴女も可愛いなと思いまして」
「……」
どうしよう、この人。まったく埒が明かない。
腹が立つ。だが反論できない。彼は一国の第二王子だ。無下に扱えば、不敬罪に問われるだろう。それを知ってか、ルシアンは満足そうに微笑んだ。
「…随分、素敵な性格をされていらっしゃるのですね」
「ありがとうございます」
「…褒めていません」
嫌味もサラッと躱されてしまう。もうどうともなれ。ヴィオラはそう思った。
「なぜ、私に関わるのですか?」
ルシアンは声をひそめて言った。
「時間が“固定”されています。貴女も薄々、気づいているのではないですか?」
ヴィオラの足が止まる。
「……会長は何処まで知っているのですか?」
「さぁ、それは?貴女が私の婚約者になってくださるのであれば、お教えできますよ?」
「…………。」
全く考えが読めない、碧い瞳が真っ直ぐこちらを見ていた。胸がざわつく。母親の太陽のような笑顔が頭の中に浮かんだ。
「リュウール伯爵令嬢、よく考えてみて下さい。あれだけの災害が、ここアウレア魔法学園で起こるなんて、おかしいと思いませんか?」
真剣な顔をしてルシアンが問う。何がおかしいのかヴィオラには分からなかった。時蝕は歪みだ。ただの災害ではない。
(…いや、歪み?)
『時蝕の原因は、いつだって人の願いだから』
「…っ!!」
どうして気が付かなかったんだろう。時の流れを堰き止める“堰”がなければ、そこに歪みは生じない。そう、彼女は言っていたではないか。
「気づきましたか?」
バッと、ルシアンの顔を見る。
――彼は一体何者なのだろう?
「そう、必ず原因があるはずです。貴女はそれを知りたくないですか?」
「…貴方の目的は何なの?」
声を低くして、ルシアンを睨む。彼はとても嬉しそうな笑顔で、くすっと笑った。
「ふふ。やっと本性を見せてくれたね?」
含みがある口調で呟く。彼は敵なのか、味方なのか。どちらにせよ、時蝕の原因を知っている事は確かだ。
「私の目的はただ一つ」
ルシアンは真っ直ぐにヴィオラを見つめ、静かに告げた。
「貴女を守ることです」
差し出された手の向こうで、朝日が眩しく煌めく。 陽光を浴びた金髪は、神話から飛び出して来た精霊王のように美しかった。だからこそ、胡散臭い。
(絶対に何か企んでいるわ……)
時守の一族を滅ぼしたのは王国だ。その血を引く王族を信用するなど、本来なら有り得ない。
しかし、彼は何かを知っている。時蝕の真実。 時守の一族が滅びた理由。そして、自分さえ知らない秘密を…。それなら、危険を恐れて遠ざかるよりも、その中心へ飛び込んだ方が、真実に辿り着けるかもしれない。
「……良いでしょう」
ヴィオラは静かに息を吐き、覚悟を決めた。
「会長の提案、受けて立ちます」
「あぁ……!」
その瞬間、ルシアンの碧眼が歓喜に揺れた。そして、第二王子であり、生徒会長でもある彼は、何の躊躇いもなくその場に跪いた。
「私、ルシアン・ヴァンヴェールは、ヴィオラ・リュウール伯爵令嬢に、この命の全てを捧げることを誓います」
胸に手を当て、恭しく頭を垂れる。
「どうか、貴女の人生を守り抜く栄誉を、この私にお与え下さい」
その真摯な声に、ヴィオラは静かに目を細めた。
「……はい」
迷いなく答える。
「私、ヴィオラ・リュウールは、ルシアン・ヴァンヴェール様との婚約を、謹んでお受けいたします」
「……義姉さん!?」
「あぁ……!」
アージェンの悲鳴と、ルシアンの感嘆の吐息が重なった。
これは策略だ。
一族の滅亡の真実を知る為、そして憎き王国の陰謀を阻止する為、ヴィオラは彼の手を取ったのだ。
ヴィオラを利用しようとしているのは明らかだ。それならこちらも利用すれば良い。そして、この世界が壊れる前に、時間が正しく流れる様に修正しなければならない。
それが、時守の一族の生き残りのヴィオラに託された使命だった。
近くで見ていた、アージェンは絶望したようにその場へ膝をつき、力なく崩れ落ちる。
そんな彼を一瞥したルシアンは、隠し切れない喜びを滲ませながら、そっとヴィオラの手を取った。
「伯爵令嬢、いや」
優しく目を細める。
「ヴィオラと、お呼びしても?」
「……ええ」
その返事を聞いた瞬間、ルシアンの端正な顔に、幸福に満ちた笑みが咲いた。
「ああ、ヴィオラ……。まるで夢のようだ」
恭しく彼女の手の甲へ口づけを落とし、熱を宿した碧眼で見上げてくる。その破壊力たるや、凶器に等しかった。
(……美形の上目遣いほど、心臓に悪いものはないわね)
激しく脈打つ胸を押さえながら、ヴィオラは冷静を装って尋ねる。
「会長、私がご提案をお受けした以上、対価として何を差し出せばよろしいのでしょう?」
「対価?」
彼はきょとんと目を瞬かせた。
「そんなもの、必要ありませんよ」
「……え?」
「私の力を利用するために、生徒会へ入れたかったのではないのですか?」
「ああ、なるほど。それは勘違いです」
ルシアンは、どこまでも甘く、どこまでも嬉しそうに微笑んだ。そして、この上なく穏やかな声で告げる。
「貴女は何も差し出さなくていい」
彼は愛おしむように、ヴィオラの手を包み込んだ。
「ただ…私の傍で、生きていてくれれば、それだけでいい」
その言葉にヴィオラの笑顔は、見事なまでに引き攣った。
(……決断を、早まったかもしれない)
「きゃああああぁぁぁっ!!」
割れんばかりの黄色い歓声と拍手が響き渡る。そうだ、すっかり忘れていた。
恐る恐る周囲を見渡せば、いつの間にか大勢の生徒達が二人を取り囲み、まるで劇の一幕でも見ているかのように目を輝かせている。
「会長! おめでとうございます!!」
「婚約成立ですわー!!」
「お幸せにー!!」
(……時を戻したい)
祝福の嵐の中、生まれて初めて心の底からそう願った。




