18.チート野郎をぶっ飛ばす!
どこへ続くとも分からない道の上に僕はいた。
前も後ろも何も見えない暗闇の中だった。
そこが道の上だと分かったのはなぜだろう。
どこからか来て、どこかに行くのは確かだからだろうか。
「……」
僕は小さくため息をついた。
仮に本当にそこが道の上だったとして、これではどこにも行けそうになかった。
どこにも続かない道。
あるいは僕に進む意志がないだけかもしれないけれど。
「ジャクス」
ふと、僕を呼ぶ声がした。
女性の声だ。
最初、ルリハかと思った。
でもそれにしてはもっと年齢を重ねた者の声に思えた。
「……シスター・レイナ?」
「ジャクス」
声はもう一度僕の名を呼んだ。
「ああなんて馬鹿な子。一体なぜあんなことをしたのですか」
「あんなことって……」
どれだろうと思った。
魔王と手を組んだことだろうか。
勇者相手に勝てない喧嘩を挑んだことだろうか。
それとも化け物に身を落としたことだろうか。
思わず言い訳しそうになったけれど、僕たちをずっと導き養ってきたのはシスター・レイナだった。
この人が間違っていたことは一度たりとてない。
「……ごめんなさい、シスター・レイナ」
「謝るくらいなら最初からやらないことです。まったく、何も持たずに家出なんて」
「……え?」
訳が分からず声を上げると、いつの間にか僕はどこかの部屋にいた。
はっとして目の前の修道服の女性を見る。
しわの刻まれた優しげな目元。
もう何年も前に死んだはずのシスター・レイナが椅子に腰かけていた。
「説明しなさい。どうしてあんなことを?」
僕は言葉を失った。
見覚えのある光景だったからだ。
この時間を、僕はかつて体験している。
見下ろすと床がやけに近かった。
それもそのはず、この僕はまだ十歳だからだ。
「家出の理由……ですか」
顔を上げるとシスター・レイナの視線とぶつかった。
柔らかいけれど芯の部分が強い目。
僕はあの時と同じように正直に答えた。
「ルリハを守りたいと思ったからです」
家出とは、ルリハと一緒に孤児院を飛び出したあの日の家出のことだ。
僕たちはあの時、日が暮れても帰らなかった。
ずっとずっと遠くまで行って、結局疲れて動けなくなった。
シスター・レイナが探しに来てくれなければどうなっていたか分からない。
「そうですか」
レイナはため息をついた。
この後彼女は僕を一言二言たしなめて部屋に帰す、そのはずだった。
けれど今回は様子が違った。
「ならば最後までやり通さなければなりませんね」
「え?」
シスター・レイナが椅子から立ち上がった。
窓の方へ歩いていき、開け放つ。
外はもうすでに日が暮れていて、空には星が出ていた。
天の輝きを見上げながら彼女は言う。
「あなたはなぜルリハを守りたいと思ったのですか?」
「大事な人だからです」
言葉は思ったほど抵抗もなく口から滑り出た。
本当のことなのだから当たり前だった。
「今でもそう思ってますか?」
「はい」
「あちらは同じようには思ってくれていないかもしれませんよ?」
「……」
「それでも守りたいと思いますか?」
「はい」
たとえ嫌われていようとも。
僕はルリハの幸せを願いたい。
「ならば行きなさい。あの子を守っておやりなさい」
「でも……でもシスター・レイナ。僕が余計なことをしないことがルリハにとっての幸せだとしたら?」
シスター・レイナがこちらを振り向いた。
「心配は無用です。あの子は待っています」
「でも」
「信じなさい。嘘が苦手なあの子のことを」
シスター・レイナが間違っていたことは一度もない。
僕は大きく息を吸った。
「行ってきます」
光が視界に満ち溢れた。
◆◇◆
目を開けると地獄のような光景だった。
炎が地面を舐め、焦がし、溶かし、空気を熱で濁らせている。
熱い。
見下ろすと体は火に蝕まれてボロボロになっていた。
だけど、まだ死んではいなかった。
「ぐ、ぬ、お、お……!」
どこかから魔王の声がする。
体を包みこんでいるこの炎を防ぐために最大限力を振り絞っているらしい。
ぎりぎりで持ちこたえているのもそのおかげのようだ。
でもその抵抗ももう長くはなさそうだった。
僕は炎に目を凝らした。
勇者。
見えたわけではないけれど、きっとこの先にあいつがいる。
「魔王!」
叫ぶけれど返事はない。でも僕のことには気づいたようだ。
もう一度呼びかける。
「魔王、聞こえるか?」
「……なんだ?」
勇者の攻撃をしのぐので手一杯といった声で答えが返ってくる。
「今、どんな感じ?」
「無駄話している暇などないのだがな」
「そうみたいだな」
「邪魔だ。とっとと消えろ」
「僕に任せてくれないか?」
「……なに?」
虚をつかれた声を上げる魔王にもう一度僕は言う。
「僕に戦わせてくれ。頼む」
「ふざけるな」
却下されるのは分かっていた。
それでも食い下がる。
「頼むよ。僕も戦いたい」
「貴様に何ができる」
できることなんてない。
「それでも戦いたいんだ。何もできなくても、何かしたい」
返事はない。
馬鹿馬鹿しすぎて答える価値がないと思われたのかもしれない。
それでも。
「僕はルリハを守りたい。取り戻したい。シスター・レイナと約束したんだ。絶対彼女のそばに行くって」
「……? 何を言っておる?」
「仕方ないだろう、どんなに嫌われたって、どんなに邪険にされたって、僕はルリハが好きなんだ。絶対絶対守りたいんだ。頭悪いって思われたっていい。彼女のところに行きたいんだ。でも僕一人の力じゃ無理なんだ!」
「……」
「力を貸してくれ。僕も戦わせてくれ。頼むよ……」
言える言葉はすべて吐き出しきって僕はその場に立ち尽くした。
返事はやっぱりなかった。
僕たちの周りを炎が荒れ狂い、轟音だけが鳴り響いた。
「我輩は何もできぬ者に力は貸さん」
不意に魔王の声が聞こえた。
僕は奥歯をかみしめた。
当たり前のことだ。
でも、落胆は大きかった。
「足手まといは嫌いだ。能無しの戯言など反吐が出る。身の程を知ってから発言しろ」
「……」
「だが」
「……?」
ふと魔王の声色が変わったことに気づいた。
「我輩はそれよりも自分に自信のない者の方が嫌いだ。力があっても振るう意志がなければ話にならん」
「……魔王?」
「策はあるのか?」
「ない」
「だが戦うつもりだと」
「ああ」
魔王が鼻で笑った。
「その意気やよし。やるぞ」
目の前が開けたような気がした。
「ああ!」
大きくうなずく。
チート野郎をぶっ飛ばす。
そのために強く拳を握りしめながら。




