↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/20

16.あなたなんか、大嫌い

 僕は信じられない思いでドアに触れた。


「ルリハ……? ルリハなのか……?」


 それに対する返事はなかった。

 でも、それほど厚くもない隔たりの向こうに誰かが息を殺している気配は確かに感じ取れた。

 僕はドアに飛びついた。

 鍵がかかっている。


「下がっててルリハ! 今からぶち破る!」


 向こうに呼びかけてから腰だめに拳を構える。

 魔王の侵蝕がこんな形で役に立つとは思わなかった。

 初めてそのことに感謝した。


 ルリハに会える。

 いや、会いに来てくれた。

 それが何よりもうれしい。

 君が連れていかれてからいろいろあったけれど、それがこの一瞬で吹き飛んだ。

 君にまた会えるなら、無駄じゃなかった……!


 だから、ドアの向こうのルリハがこう言ったのを聞いた時、僕は耳を疑った。


「やめて」

「え……?」


 思わず固まる僕にルリハは続けた。


「……会いたくない」


 いや、だって、会いに来てくれたじゃないか。

 現に今、こうしてそこにいる。

 それなのに会いたくないって、どういうことなんだ。


「どうして……?」


 ルリハはすぐには答えなかった。

 ためらうような間があった。

 でも、そんなに長くはかからず彼女は言った。


「わたしは、あなたにもうやめてほしいって言いに来たの」


 がつん、と頭を殴られたような気がした。


「え……」


 なんで。

 僕は君を取り戻すためにここまで来たのに。

 ショックで呆然とする僕に、ルリハの言葉は冷徹だった。


「迷惑だから」

「……迷惑?」

「わたしは自ら望んで勇者様のところに行ったの。勇者様はいい人よ。優しいし、頼もしいし。あなたとは……大違い」

「ルリハ……」

「……わたしは勇者様のところですごく幸せなの。あなたに邪魔してほしくない」

「でもチビたちが」

「ちゃんと後のことは人に任せてあるじゃない」

「そうだけど、でも!」

「邪魔しないで。あなたなんか……」


 やめてくれ。

 僕は必死に祈ったけれど、ルリハはため息に似た囁きで言い切った。


「あなたなんか、大嫌い」


 奥歯を噛みしめた。

 動揺しちゃだめだ思っても、心は震える。

 それでも言わなければいけない。


「僕は好きだ」


 呟きにも似た小さな声だった。

 ルリハには届いただろうか。

 分からない。


 静寂が落ちた。

 僕は拳を握ってうつむいた。

 ルリハの気配は、いつの間にかなくなっていた。


 しばらくして、今度こそ迎えの者がドアを開けた。






◆◇◆






「まあいろいろあったわけだが、これでようやく望みが成就するというわけだな」


 猛烈に落ち込む僕とは反対に、ムカつくほど魔王の声は明るかった。


「貴様もつまらんことにけりがついてよかったな。後腐れもなく戦いに集中できるというものだろう」


 こっちの内心なんか気にした様子もない。

 だけど僕の方もそれに怒る気力も湧かない……


「……ああそうだね」


 それだけを答えて僕は試合会場への通路を歩き続ける。

 できればもう黙れ。

 もっと望めるなら滅びろ天に召されろと念じながら。


『あなたなんか、大嫌い』

「……」


 僕は何のために戦っていたんだろう。

 ぼうっと考える。

 ルリハを取り戻すために決意して、魔王と手を組んで戦って、ここまで来た。

 それが全部無駄だったなんて。


 もちろん彼女が本当に自分から望んで勇者の元に行ったことだって考えていなかったわけじゃない。

 でも心のどこかでもしかしてと思ってもいたんだ。

 勇者が無理やり脅して連れて行っただけで、彼女は本当は行きたくなんてなかったんだって。


 でも違った。

 ルリハはとっくに勇者のものだった。


「なあ」

「ん?」


 立ち止まって口を開くと、魔王がこちらを振り向いた。


「僕は戦うべきなのかな」

「今さら何を言っておる。後戻りはできんのだぞ」


 それは分かっている。

 今さらやめたって僕はもう助からない。

 それでも戦う意味が分からなかった。

 僕は何のために戦うんだろう。

 得られるものもないのに僕は戦うのか?

 ルリハの邪魔もしたくない……


 魔王が大きくため息をついた。


「アホウがアホウらしくアホウなことを考えておるわ」

「……」

「どうせ考える頭などないのだから、素直に我輩の言うことに従っておればよいのだ」

「でも」

「貴様が何のために戦うのかなど知るか。ただ戦え。目的など後からついてくる」


 魔王が通路の先を示した。

 僕は何も答えられないまま立ち尽くした。




◆◇◆




 試合会場にたどり着くと、勇者がただっぴろい敷地の真ん中で待っていた。


「ちっす。お待たせ」


 白銀の鎧。柄頭に宝石がはめ込まれた剣。

 世界を救った英雄の装いだ。

 僕は今、世界で最も強い人間の前に立っている。


「どうしたの。ひどい顔じゃない」


 にやにやと笑いながら勇者が言った。

 僕は無言で首を振った。


「ふうん? まあいいけど。それで俺に勝てんの?」

「ほざくな愚か者が。負けることなどあり得ん」


 僕の横に魔王が現れて唸り声を上げた。


「勝つのは我輩だ」

「あんたには聞いてないけど。まあ思うのは自由だね」


 勇者がからからと笑った。


「でも思うだけで勝てるなら苦労はない。ヴィーはどう思う?」

「わたしの意見など必要ありません。事実あちらに勝ち目などないのですから」


 女神の姿は現れず、ただ声だけが聞こえた。


「あららそっけない。ま、いっか、そろそろ始めようか。オーケー?」

「ルリハを僕のところに寄越したのはお前か?」

「ん?」

「ルリハにあんなことを言わせたのはお前かって聞いてる」

「んー」


 勇者が笑みを深くした。


「ルゥが君に会いに行ったことは知ってる。でも何を話したかまではね」

「そうか」


 僕は深々とため息をついた。


「残念?」

「どうだろうな」


 そして、試合開始の合図が鳴り響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。