15.決戦前
次の日の決勝戦。
魔王に体を譲り渡しながらも僕はやはりはっきりと意識を保っていた。
だから魔王の力が相手を蹂躙するところも目の前で見ていた。
「ふむ。体が軽い。十分馴染んできたようだ」
彼の言葉を、僕も肌、もしくは意識の芯の部分で感じ取る。
もう僕の霊魂体が消える時が目前なんだろう。
溶けあって、一つになる。
さすがにここまで勝ち残ってきただけあって、相手もそれなりの手練れのようだった。
魔王の猛攻を必死にさばいて、いくつか反撃の手を繰り出してはいる。
普通の人間相手であればその全部が致命打になっていただろう。
だがこちらは普通の人間ではないのだから意味のないことだった。
「終わりだ」
魔王の放った魔光が相手の足元を吹き飛ばした。
盛大に巻き上がる土塊と砂ぼこり。
ほどなくして晴れると、相手は無様に倒れて気を失っていた。
観覧席から歓声が上がった。
呆気ない決着にかなり不満げではあったけど。
とにかく決勝戦はそれで終わった。
◆◇◆
「まだ準備はできんのか」
魔王が小さく毒づいた。
決勝戦が終わって数分ほど。
それほど長い時間ではなかったけれど、彼はすっかり焦れた顔をしていた。
まあ気持ちは分からないでもない。
気が高ぶっているところにこんな狭いところに閉じ込められれば嫌にもなるだろう。
実際僕もあんまりいい気分はしていない。
ここは演習場の控え室だった。
本来は訓練をする兵士たちがその準備をするための部屋の一つだ。
あまり広くはない。
両腕を伸ばせばどこかの壁には手が届く。
見上げれば染みだらけの天井。
隅にあったガタつく椅子に座っているくらいしかやることもないので退屈する。
いや、退屈もそうだけどつい余計なことを考えてしまう。
「くそ、あの異邦者め! なぶり殺しにされるのがそんなに怖いか」
魔王の声を聞き流して、僕は苦い味を小さくかみしめた。
勝てるのか。
本当に勝てるのか。
「勝つ。当たり前だろう」
はっと顔を上げると魔王がこちらをじっと見ていた。
口を開こうとする僕の機先を制して言う。
「我輩の力がフルに発揮されるまではもうほんの少しだ。我輩と貴様はもうそこまで同調が終わっている」
「……」
「無駄な抵抗はするな。我輩の足を引っ張ることは許さんぞ」
ふんと鼻を鳴らして魔王はこちらへ背を向けた。
僕はその後ろ姿を見つめてから、無言で視線を下ろした。
確かにそうだった。
もう互いの思考が読み取れるまでに僕と魔王はつながってしまっているんだ。
それはよく分かっていた。
今更できることなんてない。
後は消えるだけだった。
最後にルリハに会いたかったな、と思った。
伝えたいことはあったけど、もう間に合いそうにない。
勝っても負けてもその時には僕はもうどこにもいない。
伝える方法はないんだ。
一つを除いては。
僕は少しためらってから口を開いた。
「魔王」
「うん?」
「頼みがある。聞いてくれるか?」
「ふむ。頼み方によるな。まずひざまずくのは当然として、それから地面を舐めてその味をつぶさに報告したうえで――」
無視して僕は続けた。
「もし万が一魔王が勇者に勝ったら」
「ぬ。馬鹿にするな。勝つぞアホウ」
「勝ったらルリハに会うだろ? そしたら伝えてほしいんだ」
「何をだ」
「……」
虚空を見上げてしばし僕は言葉を切った。
「……好きだったって」
「くだらん」
魔王はばっさり切って捨てたが、僕は構わず念を押した。
「頼んだからな」
多分馬鹿な奴だと思われたんだろう。
魔王は答えなかった。
でもそれでよかった。
僕も特にそれ以上は追及せずに目を閉じた。
それからしばらくしてノックの音が響いた。
「ようやくか」
魔王の声に僕も椅子から立ち上がった。
革鎧の具合を確かめながらドアに向かう。
「先ほどの話だが」
開くのを待っていると不意に魔王が口を開いた。
「え?」
「貴様にとってあの伝言はそれほど大事なものなのか?」
「……当たり前だろ」
「確かだな」
「ああ」
「なら横着せず自分で伝えろ」
「そうしたかったよ」
「今そうしろ」
「今?」
意味が分からず魔王を見ると、彼はくちばしでドアの方を示した。
「おるぞ。そこに」
「え?」
「ジャクス……」
声が聞こえた。
か細くて、彼女らしくもない。
だけれども再び聞くことを夢見ていたその声が。
確かにルリハの声が。
ドアの向こうから聞こえた。




