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13/20

13.邪魔するならぶっ飛ばす

 鋭い切っ先が目の前にあった。

 突きつけられた魔王と僕は、動けないままそのあちこち刃こぼれした剣を見つめた。


「……どうした。やらんのか」


 魔王の言葉にゲルツは首を振った。


「むやみに怪我はさせたくない。降参してくれるとうれしいんだが」

「嫌だといったら?」

「その時は仕方ない。とどめを刺す」

「ふん、甘いことだな」

「そうかもしれない」


 ゲルツは淡々と言って剣をさらにこちらの首元へと近づけた。


「だが何にせよ君はここで終わりだ」

「……」


 魔王が口をつぐんだ。

 何かまだ手段があると思っていた僕は焦った。


「魔王、どうするんだよ」

「……我輩が負けるなどあり得ん」

「それはもう聞いたって。早く何とかしてくれよ」

「ええいうるさい、今考えておるのだ!」

「考えるって……」


 めまいがした。

 それってもう打つ手がないってことじゃないか。


「ぬ。貴様今何か無礼なことを思ったな?」

「いいや。ちょっとがっかりしただけだよ」


 このままじゃ負けてしまう。

 こんな形で魔王が完封されるなんて考えもしなかった。


「魔王、早く!」


 それでも魔王は何も言わなかった。

 沈黙の果てにゲルツがふうと息をついた。


「降参してくれないか……なら残念だが」


 演習場の音が遠ざかった。

 代わりに風を切る鋭い音が聞こえる。

 硬く尖った気配が迫ってくる。


 だけどその時僕が見ていたのは、ゲルツの剣の輝きでも鋭い目の光でもなく――

 ルリハがいた。


 思い出の中に、じゃない。

 ゲルツの背後、ずうっと遠く、ルリハが観覧席に座っている。

 遠くて、引き延ばされた一瞬で、はっきりと彼女だと断定できる証拠なんて何一つなかったけれど。


 きっと見間違いだ。でももしかしたら違わないかもしれない。

 信じて、目いっぱい手を伸ばした。


「!?」


 手に衝撃。

 ブレる視界。


 ゲルツが後ずさった。

 顔には小さな、でも確かな驚きを浮かべて。

 彼はしばらく自分の剣とこちらを見比べてからつぶやいた。


「……信じられないな。なぜ動けるんだ?」


 肩で息をしながら僕は答えた。


「会わなきゃならない人がいるんだ」


 聞こえなくなっていた演習場の音が急に耳に戻ってきた。


「だから、勝たないと……」


 剣を構える。


「どういうつもりだ貴様! 正気か!?」


 頭の中で泡を食った魔王の声が聞こえた。

 体のコントロールを急に僕に奪われてかなり混乱している。

 それでも敵の魔法がまだ効いているのか何もできないようだった。

 僕は無視して咆えた。


「邪魔するならあんたもぶっ飛ばすぞ!」


 ゲルツが訝しげに顔をしかめ、魔王は息をのんだ。


 思い切り突き出したこちらの剣は、相手にかすることすらなく空を切った。

 さらに力一杯振り回すけれど、どんなに繰り返しても当たらない。

 それでも逃げる相手をぐいぐいぐいぐい追っていく。

 ずいぶん無理な動きを体にしいていたけれど、不思議と疲労や痛みは感じなかった。


「この、貴様、我輩の力を勝手に使っておるな!?」


 魔王がわめいているのが遠くに聞こえる気がする。何を言っているのかは正直よく分からかったけど。

 ただただ敵の姿しか目に入らない。


 追いすがりながら、同時に相手の目も感じていた。

 叫びながら振るった剣は再び大きく空振りして、よろめいた僕は立ち止まる。

 顔を上げるとゲルツがやはりこちらを見ていた。

 交わった視線がピンと張りつめた。


「太刀筋が変わった」


 剣先を下げて彼はそう言った。

 意味が分からず顔をしかめると、ゲルツはさらに続けた。


「さっきと明らかに鋭さが違う。体捌きも。まるで素人だ。一体どういうことなんだ?」

「……」


 答えないでいると、彼は一人で納得したようだった。


「君は一人だが一人じゃないんだな」

「……だったらどうなんです?」

「少し驚いた。勇者と同じだ」


 僕は目を見張った。

 なんでこの人は知ってるんだ?


「元仲間だからな。何となく分かる。いや、分からないわけがない」


 と、彼は顔を曇らせた。


「勇者は分からなかったようだが」

「……?」


 怪訝に思っているうちに彼は再び構え直した。


「だから俺は彼に分かってもらうためにここまで来た。そしてさらに先へ行く。これ以上は本当に余計だな。邪魔をするなら……そうだな、君の言葉を借りよう。ぶっ飛ばすぞ」


 すっ……と。

 周りが薄い膜で覆われたような気がした。

 歓声が遠ざかる。

 内側には自分と相手しかいない。

 ゲルツの細められた眼光が体に刺さる。


 敵の剣が動き出した。

 真っ直ぐにこちらの喉元へと向かってくる。

 敵の気に呑まれていたせいで僕はわずかに反応が遅れた。

 体をひねってかわそうとするけれど、全くついていけてない。


 一瞬の機転で僕は自分の剣を斬り上げた。

 でもそれでも足りない。

 敵の剣が喉笛に滑り込む速度にはまるで及ばないのは分かっていた。


 くそ。

 やっぱり無理か。

 勝てそうにない。

 もう観覧席に彼女の姿は見えない。

 ごめん、ルリハ。

 辿り着けなかったよ。


「勝手に諦めるなアホウが!」


 声とともに爆音が響いた。

 いやそこまで大きなものではなかったかもしれない。

 それでも目の前で弾ければ衝撃は大きかった。


「がっ……」


 ましてやそれを直接顔面に食らったゲルツは相当なダメージだったろう。

 駄目押しに僕が斬り上げていた剣がその下あごを打った。

 後頭部から地面に倒れて、彼は沈黙した。

 僕はしばらく呆然としていた。


「……魔王?」

「いかにも」


 呼びかけると応答があった。


「敵の呪縛を解くのにえらく時間をかけてしまったわ」

「解けたんだ……」

「我輩はなんとかすると言ったぞ」


 得意げな声を背中に僕はゲルツへと近づいた。


「悔しいな……」


 意外なことに意識があるようだった。


「僕は負けてましたよ」


 喉元を撫でた指を見ながら僕は答えた。

 血がついている。

 ゲルツの剣に浅く切られた傷だ。

 顔をゆがめて彼は小さく口を動かした。


「慰めにしては、ずいぶん下手だな」

「でも事実です」

「俺がこうして倒れているのが事実だ」

「僕一人の力じゃない」

「ああ……そういうことか」


 ゲルツは顔をこちらへと向けた。

 意識がもうろうとしているのか目の焦点は合っていない。


「君は不服か?」

「……」

「まるで勇者だな」

「え?」

「彼は自分の力を信じられていないんだ」

「……僕も同じです」

「そうか。でも言うほど似てはない」

「どうしてです?」


 問いかける僕に彼は笑った。


「君は自分で、自分の力だけで戦おうとした……」


 会場の熱気はとうに冷めていた。

 静まり返った演習場内に試合終了の声が響き渡った。

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