12.元仲間
次の試合も次の次の試合も問題なく勝ち進んだ。
何しろ魔王が憑いているんだから怖いものがない。
どちらの勝負も意識を失っている間に決着がついていた。
「ふん、ザコどもめ。手応えがなさ過ぎてつまらんな」
ふんぞり返る魔王を地下牢の隅から眺めながら僕はただルリハのことを考えていた。
もし勇者に勝てたら。
魔王の声の向こうにある静けさに耳を澄ましながら思う。
もし勇者に勝ってルリハと再会できたら、まず何を言おう。
まず何よりもチビたちが待っていることを伝えないといけない。
リリは多分不安でいっぱいだろうし、ミィルにしたってイタズラなんかする元気もなくなってしまっているはずだから。
あの子たちに会いにいってやってほしい。
それは絶対に言わなきゃいけない。
それから今までの感謝を。
僕はもうすぐいなくなってしまうんだから、今のうちに伝えておきたい。
君のおかげで楽しかった、というそのことを。
それから別れの言葉を。
彼女の未来への祝福を。
それから……それから。
「……」
膝を抱える腕に力がこもる。
それから、ルリハにどうしても伝えておきたい思いがあった。
最期にせめて知っておいてもらいたいこと。
でも。
僕はあの指輪をもう投げ捨ててしまったのだから、それを言う資格はもう持っていないのだった。
だからこの言葉は天まで持って行こう。
誰にも言わずに秘めておこう。
「何を泣いておる人間よ」
嘲るような魔王の声がする。
僕は静かにそれに答えた。
「泣いてなんかないよ」
◆◇◆
異変があったのは次の試合でのことだった。
これに勝てばもう次が決勝という勝負。
僕はいつも通り演習場へと足を踏み入れた。
「君が例の兵士か」
相手は灰色の髪の青年だった。
見たところこちらより年上。二十五、六ほどか。
傷がないところを探すのが難しいほど使い込まれた鎧を身につけている。
「強いらしいな。戦うのを楽しみにしていた」
言葉の内容の割には仏頂面だった。
思ってもないことを言ったというわけではないようだけれど。
感情を表に出すのが苦手な人なのだろうか。
「あなたは?」
「ゲルツ。勇者の元仲間だ」
「元仲間……?」
聞いたことがない。
怪訝に思っていると、青年は暗い顔に苦笑を浮かべた。
「知らないのも無理はない。ずいぶん前にパーティを追い出された」
「ふむ? ということはこやつもしや勇者を狙っておるのか? 復讐のために」
魔王の声が聞こえたわけでもないだろうけれど。
ゲルツが首を振って剣の柄に手をかけた。
「いや、語る必要はないな。とにかく始めよう。俺は早く勇者に会わなくてはならない」
何か事情がある人のようだ。
だがそれなら僕も同じだ。
こっちはルリハに会わなきゃならない。
僕は剣を抜いて正面に構えた。
「始め!」
試合開始の合図が響いた。
体の中に濁ったものが流れ込んでくるいつもの感覚。
僕は瞬時に切り替わる。
体の支配権を握った魔王が全てを蹂躙する。
これまでの試合と同じように。
そのはずだった。
いくつか違うことがあった。
まず僕は意識を失っていなかった。
魔王の意識に押しのけられてはいるものの、周りのことはしっかり把握できている。
暗闇には落ちていない。
そしてもう一つ。
魔王が苦戦していた。
「……この!」
魔王(正確には僕の体を操っている魔王、だけれど)の振るう嵐のような剣撃。
恐らくはこれまでの試合相手を一撃で屠ってきたであろうそれは、相手にかすりもしていなかった。
いや。
かすってはいた。
「……」
青年の静かな灰色の眼。
こちらを見据え、攻撃を感じ取り、一つ一つ分けてはいなす。
確かに当たってはいるようだった。
が、それなのに手応えなくさばかれて無意味化される。
有効打は全く一発も入らない。
それどころか反撃をもらってよろめいた。
「魔王!」
「……なんだ。眠っていなかったのか」
意識に呼びかけると、魔王は脇腹を押さえたまま返事した。
鎧のおかげでなんとか致命打にはならなかったようだ。
「大丈夫なのか」
「弱者はろくな頭も持たぬくせに下らぬことばかりを気にする」
強がってはいるがかなりのダメージのようだった。
「勝てるよな?」
「馬鹿を言うな。ただの人間に負けるなどあり得ん」
魔王はそう言うと口早に何かを囁き始めた。
「冥界より招くは業火の台牽く亡霊馬。地を這う盲目の手長鬼――」
魔王の横の空間がゆがんだ。
這い出してきたのは燃え盛る馬車と長い手足の生えたもやもやとした影。
牽く馬もないはずの馬車はそのまま相手へと突っ込んでいく。
遅れて蜘蛛のような動きで影も追う。
ゲルツは剣を納めて腕を掲げた。
「遠き隔て!」
声と共に地面から土壁がものすごい勢いでせりあがる。
魔法だ。
馬車も影もそれに激突して動きを鈍らせた。
「チッ。やはり人間の体では出力が弱いか」
魔王は言って、さらに呪文を唱えた。
「冥界戸の守り犬どもに命じる! 穿て!」
魔王の横に再び空間のゆがみ。
と思った次の瞬間には轟音と共に土壁に穴が開いた。
巻き込まれた馬車と影はそのまま姿をぼやけさせて消えた。
だが穴の向こうには誰の姿もない。
あれ、と思った時、声が響いた。
「吊り糸!」
魔王の体に緊張が走った。
見えない縄で手足を縛られ引っ張られるかのように体の自由が奪われる。
「な!? くそ!」
もがくけれどまったく効果がない。
「無駄だ。霊体そのものを縛る糸だからな」
はっと、声の方を見やる。
ゲルツは土壁の上に立っていた。
「これで勝負ありだ」
まずい。
僕と魔王は同時に思った。
これでは勇者と戦うことができない。
ルリハと会うことができない!
ゲルツが土壁を蹴って、こちらへと飛びかかってきた。




