ワラ国1
鬱蒼とした夜の森を抜け、数日間あてもなく歩き続けた末、ルアーの視界に巨大な石造りの城壁が飛び込んできた。
人間たちの都市——『ワラ国』。
門をくぐると、街の中はどこか張り詰めた空気に包まれていた。行き交う兵士たちの険しい表情や、武器を整備する鍛冶場の鉄打つ音。隣国「ドラキュラ(吸血鬼)」との戦争が激化していることなど、外界から遮断されていたルアーの知る由もなかったが、街の重苦しい空気だけは肌に刺さるように伝わってきた。
しかし、ルアーにとってそんな国同士の事情はどうでもよかった。
牢獄で身一つで放り出され、数日間の徒歩移動で擦り減った肉体と精神が、限界を告げていたのだ。当然、一文の金すら持っていない。
(……雨風を……凌げる場所を……)
引きずるような足取りで路地裏へと入り、一軒の古びた宿屋の扉を押し開ける。
カランと鈴の音が鳴り、カウンターの奥から一人の女性が姿を現した。
「いらっしゃい……って、なによあんた。ボロボロじゃない。うちは素泊まりでも先払いだよ」
そこに立っていたのは、30半ばと思われる熟れた魅力を持つ女将だった。
手入れされた肌と気の強そうな切れ長の瞳。そして何より、やや大きく開いた服の胸元からは、豊満な乳房の谷間が覗いていた。
(……す、凄い胸だな……)
ルアーは思わず喉を鳴らし、固唾をのんだ。
ワーウルフとの情事を通じて「女の味」を知ってしまった20歳の肉体が、目の前の熟れた大人の色気に生々しく反応してしまう。だが、ルアーはそれを悟られまいと必死に視線を泳がせた。
女将は不快そうに眉をひそめ、一文無しと一目でわかるルアーの姿を冷たく見下ろした。
「悪いけど、文無しを泊めるボランティアはしてないの。戦争のせいで部屋は兵士たちで埋まってるんだから、出て行きな」
追い払うように手を振る女将。
その動作に合わせて、彼女の豊満な胸が揺れ、甘い香水の匂いがふわりと流れてくる。ルアーは窮地に立たされながらも、その柔らかそうな肌の質感に目を奪われそうになった。
差し出す金も、上手い交渉の言葉もない。ルアーはただ、絶望と疲労、そして微かな欲望の混ざった瞳で、静かに女将の顔を直視した。
「……お願いだ……納屋でもいい……」
ボソリと呟くルアーの声は、掠れ切っていた。
その瞬間、ルアーの瞳の奥で、あの大木の下でワーウルフを惹きつけた「禍々しくも静かな赤き光」が、密やかに揺らめいた。
「っ!?」
冷たく追い払おうとしていた女将の身体が、ピクリと凍りついた。
彼女は弾かれたように固まり、ルアーの瞳をまじまじと見つめた。
気の強そうだった彼女の瞳から一瞬で鋭さが消え、理由のわからない動悸と熱交じりの甘い吐息が、彼女の薄い唇から漏れ出す。
(な、なに……この目……。吸い込まれそう……)
一文無しの浮浪者を冷酷に叩き出すはずだった心が、急速にルアーへの強烈な庇護欲と、胸を突き上げるような愛おしさで塗りつぶされていく。
「あ……あたくし、なに言ってるのかしら……」
女将は頬を朱に染め、動揺を隠すように豊満な胸元を自ら抱きしめるように隠した。
「……無一文だからって、そんな所に寝かせるわけにはいかないわ。……そうね、奥にあるあたくしの『私室』……そこのベッドを使ってちょうだい。ご飯も何か用意してあげるから……」
「……え……」
「いいから! ほら、早く来なさい!」
女将はルアーの手を慌ただしく引くと、奥の暖かなプライベートルームへとルアーを招き入れた。
握られた彼女の手の温もりと、通り過ぎざまに揺れる豊満な胸元を間近にして、ルアーは心臓を跳ねさせながら静かに彼女の後に続いたのだった。




