童貞喪失3
ワーウルフのもとを抜け出したルアーは、暗闇の中で息を潜め、必死に森の出口を目指して歩き続けていた。
しかし、そこは人間の立ち入りを拒む『立ち入り禁止の森』。
道中、幾度となく背後や頭上から、ルアーに向けられる凄まじい殺気と魔物の気配が迫っていた。
(……来る……っ)
身をすくめ、襲われる覚悟を決めるルアー。
だが、不可解なことに——牙を剥く直前の殺気は、いつも突如として「ガウッ!」という低い唸り声や草むらが揺れる音とともに、忽然と消え去ってしまうのだ。
(……なぜ……エサである俺を……魔物が避けているのか……?)
不可解な疑問を抱えつつも、ただひたすらに走り続けたルアーの視界が、やがてまばゆい光とともに大きく開けた。
立ち入り禁止の危険地帯を、無事に抜け切ったのだ。
「……ハァ……ハァ……っ」
生きて森を脱出できた安堵と息切れの中で、ルアーは何気なく、今まで歩いてきた森の方へと振り返った。
「……あ……」
ルアーは息を呑み、その場に立ち尽くした。
森の入口近く、見上げるような巨大な大木の太い枝の上に——「彼女」がいた。
その体には、ルアーを密かに襲おうとしていたであろう魔物たちの返り血が痛々しく残っていた。
(……そうか……俺を守って……追ってきてくれていたのか……)
道中、幾度も消えた殺気。それは、彼女が陰でルアーに近づく魔物たちを全て排除し、命がけで護衛してくれていたからだったのだ。
力づくで追いついて連れ戻すことだってできたはずなのに、彼女はそうしなかった。ルアーが外の世界へ進みたがっていることを理解し、ただ陰から守り抜いて見送る道を選んだのだ。
琥珀色の大きな瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。
彼女は寂しそうに喉を鳴らしながら、木の上でルアーに向かって、優しく、そして愛おしそうに大きく手を振っていた。
「……っ」
自分を虐げ、ゴミと呼んで捨て去った人間たち。
それに対して、言葉も通じぬはずの異形の美女が、身を挺して自分を守り、涙を流して見送ってくれている。
ルアーは胸を強く締め付けられ、溢れそうになる感情を殺すように拳を握りしめた。
「……すまない……ありがとう……」
消え入りそうなボソボソとした声で呟きを残すと、ルアーは彼女の視線から逃げるように顔を背け、二度と振り返ることなく新たな世界へと歩き出したのだった。




