ワラ国2
女将から手渡された温かいスープとパンを腹に収めたルアーは、吸い込まれるように私室のベッドへと沈み込んだ。使い古された毛布からは、女将の甘い香水の匂いがふわりと漂っている。
三年間の冷たい地下牢の石畳。そして魔物たちの蠢く夜の森。
硬く冷え切った場所にしか身を置けなかったルアーにとって、そのベッドはあまりにも柔らかく、熱を持った身体はすぐに深い眠りへと落ちていった。
◇
真夜中。
ふと、ベッドが僅かに沈み込む感覚に、ルアーは跳ね起きそうになった。
地下牢で染みついた「夜間の拷問官襲撃」への警戒心が、とっさに身体を強張らせる。
「……っ!?」
暗闇の中、息を呑んだルアーの視界に入ってきたのは、薄手の寝間着を羽織った女将の姿だった。
服の上からでもはっきりと分かる豊満な身体のライン。少し乱れた髪と、火照ったように赤くなった頬。彼女はルアーの警戒を解くように、指先でそっとカズの唇を制した。
「静かに……。受付の椅子じゃ、寒くて眠れなくてね……」
そう耳元で囁くと、彼女は滑り込むように布団の中へと入ってきた。
「っ……あ……」
直肌越しに伝わってくる、尋常ではない熱量。豊満な胸がルアーの腕に押し当てられ、大人の女性独特の濃密な香りが鼻腔を支配する。ワーウルフの狂暴な求愛とはまた違う、熟れた女性の生々しい肌の感触に、ルアーの心臓は激しく鐘を打った。
(……な、なにを……)
追い出されるのではないか、あるいは何かを要求されるのではないか。
トラウマから全身を強張らせるルアーに対し、女将は優しくルアーの頭を抱き寄せ、その豊かな胸の間にすっぽりと包み込んだ。
「……大丈夫よ……。誰もあんたを苛めたりしないわ……」
トントン、と背中をあやすように優しく叩く手のひら。
ルアーの「赤き瞳」に支配された彼女の心には、男としての欲望と同時に、傷つきボロボロになった少年への強烈な母性が渦巻いていたのだ。
胸に押し当てられた、規則正しく温かい鼓動。
親に捨てられ、学校で踏みにじられ、養父に裏切られた。
世界中の誰からも与えられなかった「母」の温もりが、そこにあった。
「……あ……っ……」
ルアーの瞳から、ボロボロと溢れ出した涙が女将の胸元を濡らした。
言葉にならない声になり損ねた息を吐き出しながら、ルアーは縋りつくように女将の腰に両腕を回し、その豊かな体温に深く、深く顔をうずめた。
温かい腕に抱かれながら、ルアーは生まれて初めて、悪夢の見ない穏やかな眠りについたのだった。




