ワラ国3
翌朝。
眩しい陽光が私室の窓から差し込み、ルアーは静かに目を開けた。
隣に女将の姿はなく、毛布には彼女の甘い香水の匂いと、昨夜触れ合った確かな体温の余韻だけが残っていた。
テーブルの上には、湯気立つスープと焼き立てのパン、そしてルアーの身体に合った清潔な仕立ての服が置かれていた。
「……」
ルアーはゆっくりと身体を起こした。
身体に染み付いた冷たい不信感は、「いつかこの優しさも裏切られるのではないか」と警鐘を鳴らし続けている。だが、昨夜自分を包み込んでくれたあの温もりまで偽物だったとは、どうしても思えなかった。
置かれていた服に袖を通し、温かい朝食を黙々と口に運ぶ。
腹を満たしたルアーは、私室の扉を静かに開け、受付へと向かった。
カウンターの奥では、女将が仕入れの帳簿をつけていた。
ルアーの足音に気づくと、彼女は顔を上げ、昨夜の母性と情愛が入り混じった柔らかい笑みを浮かべた。
「……おはよう。よく眠れた?」
ルアーは一度視線を泳がせ、胸の奥で何度も言葉を反芻してから、消え入りそうな掠れた声でポツリと呟いた。
「……ご飯……着るものも……ありがとう、ございました……」
慣れない感謝の言葉に、ルアーは気まずそうに目線を落とした。
女将は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに愛おしさに満ちた瞳でくすりと微笑んだ。
「いいのよ。困ったときはお互い様なんだから。……またいつでも戻っておいで」
「……っ」
『戻っておいで』という言葉が、ルアーの胸を強く突いた。
居場所のなかった自分に差し伸べられた温かい手。これ以上ここにいれば、彼女の優しさに甘えてしまい、自分自身が弱くなってしまう——そんな恐れが、ルアーの背中を押した。
「……はい……」
深く一度だけ頭を下げると、ルアーは振り切るように宿屋の扉を開け、朝の冷たい空気が満ちる街へと踏み出したのだった。




