プロローグ5
暗く湿った地下牢。ルアーを待っていたのは、罪を認めることすら許されない、更なる地獄だった。
「吐け! 奪った金はどこへ隠した!?」
ドカッ、と腹部に重い鉄の靴底がめり込む。
「……っ、ふ……っ」
「知らぬで押し通せると思うな! 貧民の分際で、富豪の金塊をどこへやった!」
執拗な問責。だが、そもそもやっていない罪の、存在しない金のありかなど吐けるはずもなかった。
養父が金をどこへ隠したのか、あるいは最初から使い果たしたのかすら、ルアーには知る由もない。
「……し、知らない……俺は……何も……」
「まだ口を割らんか! このゴミめが!」
シュバッ、と鞭が空を切り、背中の傷口を容赦なく引き裂く。
一日、一カ月、一年……。
時が経つにつれて拷問の激しさは増していった。指の骨を叩き折られ、傷口に塩を塗られ、死なないギリギリの食料だけを与えられて生かされる日々。
何も答えない、答えられないルアーに対し、拷問官たちは次第に尋問ではなく、ただの日ストレス解消として暴力を振るうようになっていった。
「おいおい、三年間も拷問に耐えるとは、さすが【ジョブ不適合】の頑丈さだなあ!」
「ハハハ! 喋らんならもういい、今日も痛めつけて遊ぼうぜ!」
(……ああ……)
三年間の月日は、ルアーから言葉も、感情も、肉体の感覚すらも奪い去っていた。
(……誰も……助けてくれない……。親も、学校も、国も……誰も信用できない……)
ボロボロの肉体。腐りかけた皮膚。
冷たい石畳の上に転がりながら、ルアーはただ天井の小さな格子窓から覗く、青白い月を見つめていた。
(……月が…見れるのは…これが最後…か……)
そっと静かに目を閉じようとした、その時だった。
格子窓から差し込む月光が、突如として「妖しく禍々しい赤い光」へと変貌した。
「……えっ……」
地下牢全体が、血のような赤と漆黒の闇が混ざり合った異様な光に包まれる。
神の奇跡のような温かさでもなく、悪魔の誘惑のような恐ろしさでもない。ただ絶対的な「ナニカ」が、静かに自分を見つめている感覚。
光がルアーの全身を包み込んだ瞬間、三年間にわたって刻まれた激痛がスッと消え去った。
引き裂かれた皮膚が、折れた骨が、爛れた肉が、瞬く間に元通りへと修復されていく。
「……あ……」
思考が追いつかない。
混乱するルアーの意識は、そのまま深い赤い闇へと引きずり込まれていった。
◇
「……ん……」
冷たい風が頬を撫で、ルアーはゆっくりと目を開けた。
そこは地下牢ではなかった。
見上げるほどに巨大な樹木が立ち並び、狂暴な気配が周囲を覆う、人間の立ち入りを拒む『夜の森』。
ルアーはゆっくりと自分の手を見つめた。
拷問で砕かれたはずの指は綺麗に繋がり、全身の傷跡も一切なくなっていた。レベル3の「無能」のまま、身体だけが完璧に全快している。
「……たす……かった……のか……?……でも……なぜ……?」
ポツリと呟いた声は、風に消えた。
助かったのか、それとも別の地獄へ放り出されたのかすら分からない。ルアーは冷めきった瞳のまま立ち上がり、あてもなく森の奥へと歩き出した。




