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9話 あのベンチで

 ジークベルトは、アンをゾフィーに任せて部屋を出る。

 扉を閉めるとエドガーがジークベルトの肩に腕を回して、無理矢理どこかへ連れて行こうとする。

 聞くと、カミルのもとへ向かうとのことだった。

 ジークベルト自身もアンの到着を知らせるために向かうつもりだったので、肩に回された腕を叩き落とすだけにとどめて、おとなしくついていく。

 

 団長室に入ると、そこにはヘンリクと旅装を解いたカミルがいた。

 カミル不在時の申し送りをしていたのだろう。

 

「エドガー! お前たちも着いたんだな。アンは、あれから体調はどうだ?」

 

 眉を下げるカミルとは反対にエドガーは執務机まで大股で歩み寄り、両手で強く机を叩いた。


「毎度毎度言ってるが説明が下手なんだよお前!」


 怒鳴り出すエドガーを見て何かを感じ取ったのか、ヘンリクは静かに退室した。

 

「下手っつうか足りてねぇ! ジーク、完っ全にアンがやばい魔法使えるって勘違いしてたぞ!」

「えぇっ!?」

「そんなジークに色々語られて、アンも狩られる寸前の小動物みたいに固まるしよ」


 カミルはエドガー越しにジークベルトを見て、「すまない」と謝った。


「いえ、勘違いをしていたのは私だけでしたので、問題ありません。ただ、仮に誤った情報が兵達に――」

「違うっての。おい、カミル、こいつ勘違いに気づいてメチャクチャ落ち込んでたぞ」


 隠しきれているとは思っていなかったが、それでも隠しておきたかった自分の感情の揺れを指摘され、ジークベルトは居心地が悪くなる。


「コイツ小さい頃からお前についてきてるんだろ?

 侯爵家の出で、この優秀さ! 王宮で成り上がることだってできたろうさ。

 なのに! なのに、そんな人生全部放り投げてお前についてきてるんだからな」

「エドガー、私は人生を投げ捨てたとは思っていない。

 カミル様にお仕えできることを誇りに思っている」

「なんでそこで口挟むんだよお前。可愛げねぇな」


 可愛げなぞ必要ない、とジークベルトは鼻を鳴らす。

 ただ、自分を慮っての言動だというのは十分に理解しているので、小さく感謝の言葉をつぶやいた。

 エドガーは、貴族の子だというのに言動が荒く、不真面目で、デリカシーもないが、こういう他者と他者の間に入り仲を取り持とうとする気がある。その点を、ジークベルトは評価していた。


 カミルが立ち上がって、ジークベルトの前まで歩み寄る。


「ジーク、いつもすまないな。本当に……。次からは気を付けるよ……」

「団長、お言葉ですが、その言葉はもう何度も聞いています」

「俺もだな」

「うっ……」

 

 エドガーが頭をかきながら、大きく息を吐く。


「まぁとりあえず、オレは言いたいことも言ったしもう休む。

 誰かさんのせいで慣れない御者をやらされて疲れてんだよ。誰かさんのせいでな」

「悪かったって。いつも感謝してる」


――――――


 エドガーがカミルの部屋を去り、少しの静寂が訪れる。


「一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「なぜ、異世界人としての能力を期待できない彼女を連れてきたのですか?

 確かに魔導を使える者は貴重です。

 しかし、エドガーから聞きましたが、あのような手間をかけてまで連れてくるほどとは思えません」

「あ~……」


 カミルが視線を横にそらし、どこか遠くを見つめる。


「ただ、俺が連れ出したかっただけだ」


 カミルは視線をジークベルトに戻し、眉を下げて笑う。


「覚えてるか? 王宮の庭のベンチ」

「……忘れるはずがありません。貴方と私が出会った場所です」

「そこで彼女がポツンと座ってたんだ。

 ほら、戦果報告とか支援依頼のために何日も王宮に行ってただろ?

 そのたびに見に行ったら座ってて、話しかけようとしても監視――いや、本人は護衛だと言ってたが、とにかくそいつに邪魔されて、ユゼフがなんとかしてくれて、最後の日にやっと話せたんだ」


 話を聞いているうちに、ジークベルトの脳内に昔の記憶が蘇ってくる。

 木々に守られた空間で、一人魔導教本片手に訓練をしている、自分より少し年上の少年と出会ったのだ。

 少年は「誰も、誰も助けてくれなかった……! だから、俺がやるんだ……!」と言い、青い目に復讐の炎を宿しながら涙をこぼしていた。


「俺にはお前がいただろ? ゾフィーもいたし、東部出身の騎士達も。

 ……でも彼女は一人だったんだ。だから、連れてきた」


 ジークベルトは、何か打算があるのかと思っていた。ユゼフが一枚噛んでいるのもそう思った理由だ。

 だが、なんてことはなかった。

 カミルの、いつものことだった。


(あぁ、このお方は……)


 ジークベルトは思い出す。

 もう何千何万と思い出してきたあの言葉。

 一人魔導教本と格闘している少年にアドバイスをすると、少年は目を爛々と輝かせて、こう言った。

「お前、すごいな!!」


「貴方は、昔から変わっていないですね」

「? そうか?」


 カミルはいつもの調子に戻り、ジークベルトの肩を叩く。


「ということだ、良くしてやってくれ」

「承知いたしました」


 色々と思い出したせいか、それにつられて、もう一つ思い出が蘇ってきた。


「そういえば、貴方が庭を半焼させた時、何故か居合わせただけの私も一緒に叱られましたね」

「悪かったって……」

 


 

副題『カミルくんヘイトコントロール回』

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