10話 リシャルド先生の楽しい古代魔導具観察会
杏はカミルに連れられて、居住棟の廊下を歩いていた。
午前中いっぱい陽を浴びた石壁は、思ったよりも温かい。
「リシャルドが君の魔術を早く見せろってうるさいんだ」
そう言うカミルの横で、ジークベルトが「リシャルド・フェルドマン。我が軍の副団長であり、魔導部隊長も兼任しています」と補足する。
ジークベルトの他に護衛が二人、杏達の傍を歩いている。
一人は団長の護衛、もう一人は杏の護衛である。
護衛がつくと言われた時は戸惑った。
自分が異世界人ということは伏せてある。
よって自分の身に危険が及ぶとは考えにくかったのだ。
けれど、「『魔導塔から派遣された』方に何かあった場合、責任を追及されるのは我々です」とジークベルトに言われてしまい、何も言い返せなかった。
杏は、移動中、昨日言えなかったお礼をカミルに伝えた。
本当は、昨日このオボクグール砦に到着してすぐにカミルの元へ向かおうと考えていた。
けれどゾフィーに「今、カミル様は申し送りを受けておりますので」と言われ、カミルの元へ向かうと言ったゾフィーに伝言を頼むことにしたのだ。
ここに連れてきてもらったことのお礼を言った後、杏は少し迷って口を開いた。
「団長って、ズウォティスキ領領主のご子息だったんですね……。申し訳ありません、そうとは知らず……」
カミルは目を丸くした。
「あれ? 言ってなかったか?」
――――――
杏が異世界人であることを伏せながら、自分の知識不足故の勘違いの弁明をしている間に、副団長室に到着した。
正確には、副団長室の真横にあるリシャルドの私室だが。
護衛は外で待機し、杏、カミル、ジークベルトの三人だけで入室する。
その部屋には、大きさの異なる棚が複数置かれており、本や資料、そして植物や鉱石等が不規則に並んでいた。
中央には、これまた様々なものが置かれた机があり、その前に壮年の男性が立っている。
「初めまして、『王立魔導塔特殊技官』殿」
リシャルドはニヤリと笑った。
挨拶もそこそこにリシャルドが口を開く。
「さて、早速だがその古代魔導具を見せてもらっても?」
杏が翻訳機として身に着けているピアスを外そうとすると、リシャルドがそれを止めた。
「装着状態で観察したい」と言われ、杏は右側の髪を耳にかける。
リシャルドが杏の右側に移動し、体を前傾させる。
息がかかるほどの距離まで近づかれ、杏は体を硬くした。
耳たぶをつままれ、その裏側も見られているようだ。
杏がつけているのは表面全体に細かい模様が刻まれた幅広のハグピアスであり、耳の裏側にあたる部分も観察したいということなのだろうか。
「あ~……、リシャルド? アンが困ってる……」
「許可はもらいました」
視界に入らない場所で交わされる会話を聞きながら、杏は窓の外をぼんやり眺めていた。
なぜ、こんなことになっているのだろうか。
例えば、自分が物語のヒロインで、今右隣にいるのが若い青年だったら、これは「イベント」と呼ばれるにふさわしいシチュエーションなのだろう。
だが残念ながら、自分はただの異世界転移をしただけの一般人である。
いや、異世界転移というレアイベントを経験した人間を一般人と言っていいのだろうか。
二、三質問をされ、それに答えていると、リシャルドは前触れもなく杏から離れた。
杏の目の前まで移動し、口を開く。
「ありがとう。大変、興味深かった」
そして、リシャルドはカミルへと視線を移す。
「何もわかりませんな。そもそも古代魔導具は専門外です。見る限り翻訳機能と探知きの――」
「あっ、おい!」
リシャルドの言葉をカミルが遮る。
彼が遮る直前の言葉を杏は反射的にオウム返ししていた。
「たんち……。…………探知?」
杏が言葉を理解しきるより早く、カミルが話し出す。
「いや、えっと、違うんだ。隠してたわけじゃなく、そんな自分の居場所が筒抜けになるようなもの、着けてるの嫌だろ? だから、リシャルドが上手いこと、どうにかしてくれないかと……」
段々としどろもどろになるカミルに反して、杏は思考を深めていった。
「……つまり、王宮で読み書きを教えてもらえなかったのは、ピアスに依存させる為だったんですね。ピアスを着けている限り、私を追えるから……」
血の気が引き、手足が冷たくなるのを感じた。
杏の中で、王宮への不信感がはっきりと形になっていく。
「言ってなかったんですか?」
リシャルドが顔を顰めて、カミルに問いかける。
「その探知機能をなくせるなら、なくした後に説明しようと……」
「……と言ってるが、どうだ?」
リシャルドが視線を杏に移す。
「えっと……」
「文句があるならハッキリ言った方がいい。お前の為にも、カミルの為にも」
杏は一瞬迷ったが、リシャルドの言葉に背中を押され、口を開いた。
「……今回のように、事故のように本当のことを知る、というのが一番堪えます。なので、できれば、説明していただきたかったと思います」
そう言い終えて、初めてカミルの様子を伺う。
自分のことを思ってくれての行動に否と言うのは心苦しく、傷つけてしまっていないか不安だった。
「…………すまなかった。本当に。説明を、するべきだったな」
カミルは眉を下げ、肩を落とし、心なしか身長が縮んだように見えた。
想像以上にしょぼくれた様子のカミルに杏は驚く。
「えっ!? あ、す、すみません! 言いすぎました!」
「いや、大丈夫だ。すまない。ただ、昨日もエドガーに怒られてな……」
落ち込むカミルに、リシャルドが冷たく言い放った。
「反省の言葉を吐くくらいなら、行動で示していただきたい」
ジークベルトが神妙な顔で頷いた。
さらに落ち込むカミルをよそに、リシャルドは杏を中央のテーブルへと誘導した。
「では、お前の魔術の検証を始めるとしよう。ユゼフから聞いたが、大変興味深い現象だ。儂も聞いたことがない」
声に興奮をにじませたリシャルドに、杏は「まだ心の整理がついていないから少し待ってほしい」とは言えなかった。




