6話 被害者の会その2
砦の門が開く。
別の砦から戻ってきた兵士達を、金髪碧眼の男が迎え入れた。
「よく戻った! 昨日の戦いは見事だったぞ! あそこはやっと取り戻した重要な砦だ。守ってくれてありがとう! ……いい酒を用意しておいた。後で楽しむといい」
兵士達は一瞬、驚いた表情を浮かべた。
しかしすぐに納得したように頷くと、その後、大喜びしながら帰還後の処理をする為にはけていく。
「『団長』! ありがとうございます!」
「『団長』太っ腹〜〜〜!」
「いただきます! よっしゃ、飲むぞ!」
兵士達から団長と呼ばれたこの中年男性――義勇軍団長補佐官ヘンリク・ポドヌースキは、団長不在時にこうして代理を務めることがある。
務めるというより、楽しんでいるという方が正しいかもしれない。
彼は兵士達の言葉を受けて、太鼓腹を撫でながらハッハッハと軽快に笑う。
「おい、ジークベルト。なんだその暗い顔は。せっかく兵達が戻ってきたというのに」
彼は側に控えていた青年に視線を移した。
青年――義勇軍団長付副官のジークベルト・フォン・ベアグヴェルクは眉をひそめる。
「…………もう、四日です」
カミルの王都からの帰還予定日から、もう四日が過ぎていた。
「多少のズレは承知の上だろう?」
「ですが……」
途中で賊に襲われたのだろうか。山道の崩壊に巻き込まれたのだろうか。
最短最速で砦に戻ってきたい、砦を手薄にしたくない、敵に自分の不在を悟られたくない。
そんなカミルの意を汲んで、あの人選にしたはずだったのに。
やはり自分も行くべきだった。
後悔に苛まれるジークベルトを現実に戻したのは、物見台の兵の声だった。
「ジーク副官! 戻ったようです!」
「――っ! おい、借りるぞ!」
ジークベルトは近くにいた帰還兵の馬の状態を即座に確認し、飛び乗った。
鞍を再びつける時間すら惜しい。
物見台の兵が何か言っているようだが、彼の意識はもう砦の外にあった。
何か対応が必要ならヘンリクがやるだろうから問題ない。そう判断してジークベルトは馬を走らせた。
しばらく走ると、人影が見えてきた。
「――っ⁉︎」
おかしい、三人しかいない。
ジークベルトは馬のスピードをあげた。
人影の特徴を把握できる距離になり、その三人がカミル、ベン、ロルフだとわかる。
(エドガーとユゼフ殿は……⁉︎)
さらに近づくと、カミルがジークベルトに気づいたようで、大きく手を振った。
「おーい、ジーク!」
「カミル様! 二人は……、エドガーと、ユゼフど、の…………」
カミルの顔を視認できるまでに近づくにつれて、語尾が途切れ途切れになっていく。
カミルは、ジークベルトがよく見知った表情を浮かべていた。
眉を下げ、視線をさまよわせ、口角を上げて、頬をかく。
王宮庭園を半焼させた時、士官学校の寮に濡れた子犬を持ち込んだ時、所持金を場末の賭場で全て巻き上げられた時、誘拐されたと思ったらなぜか誘拐犯達を勧誘して一緒に戻ってきた時、味方の危機に単身突撃して生還した時。
――そういう時に、している顔だ。
「今度は一体何なんですか‼︎」
ジークベルトは叫んだ。
――――――
「エドガーとユゼフ殿は無事ですね?」
「あぁ、問題ない。輸送隊と一緒だ」
カミルとジークベルトが併走し、その後ろにベンとロルフが続く。
後ろから、「な~、ジーク、腹減った。何か持ってねぇ?」とロルフが言っているが無視をする。
「なぜ、これほど帰還が遅れたのですか? ご説明を」
「あぁ、そうだな。アンって子を一人連れてくることにしたんだが……」
「はい?」
カミルは話し始めた。
アン・ハスミという女性を「王立魔導塔特殊技官」として義勇軍で受け入れることになったこと。彼女が異世界人であること。
(異世界人…………?)
急に伝承で語られるような非現実的な存在を話題に出され、ジークベルトは戸惑った。
異世界人なんて本当に実在するのだろうか。いや、ユゼフがついていたのだから、事実確認は済んでいるのだろう。考えるべきは異世界人がどんな魔法を使えるか、だ。
――と、そこまで考えてかぶりを振る。
「いえ、まずは遅れた理由をご説明ください」
カミルは「すまん」と苦笑して謝ってから続けた。
砦を出発する時点で立てた予定は、五人全員で三番目の街から街道を外れ山越えをするものだった。
しかしそこにアンが加わったため、二手に分かれることになった。
エドガーはアンの乗る馬車の御者兼付き添い。ライヒ商会の輸送隊という見知らぬ集団に女性一人残すのも忍びない、というカミルらしい動機だった。
ユゼフが残ったのは、安全に山越えをするためだ。
ユゼフは非戦闘員である。
エドガーという戦力を山越えに連れていけなくなったので、必然的にユゼフをフォローできる戦力が一人減ることになる。
ならばいっそのことユゼフも置いていけば良いとエドガー達に同行させることになった。
三番目の街で街道から外れる予定だったが、アンの馬車酔いが酷くて心配で、結局五番目の街から山越えルートに入ることにした。
「……そうでしたか。……ん? その場合、この三人なら予定日よりも早く帰還することも可能だったのでは?」
「いやぁ、途中道が崩れてるわ、賊に襲われるわでな……。ハハハッ」
「笑いごとではありません‼︎」
「すまん、すまん。まぁでも、こうして無事に帰ってこれたしいいじゃないか」
「一軍を率いる者が結果論を語らないでください‼︎」
ジークベルトは大きくため息をつき、あることに気がつく。
「待ってください。輸送隊の到着は今日の夕方のはず……」
ジークベルトはハッとし、カミル達に短く別れを告げ、アン受け入れの準備をしに砦に駆け戻った。




