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5話 餅は餅屋

 杏が宿屋のカミルの部屋の扉をノックしようとしたその瞬間、内側から扉が開いた。

 顔を出したのはロルフだった。

 彼は杏の姿を認めると、室内に向かって「来たっすよ」と声をかけた。


 杏が薬草茶を飲んで咳き込んだあの後、すぐに出発時間がきてしまい、詳しくは宿屋でということになった。

 馬車に乗り再び体調を崩してしまった杏は、休むことを優先していいというカミルの言葉に甘えて、今までベッドで横になっていたのだ。


 中に入ると、義勇軍のメンバーが全員揃っていた。

 ロルフだけが入り口付近の壁に背を預けており、その他の四人はテーブルを囲んでいる。


「団長、休憩させていただきありがとうございました」

「もう大丈夫かい? まだ辛いなら部屋に戻っていいからな」

「おかげさまで、本当に大丈夫です。それに……」


 杏は薬草茶を飲んだ後の周囲の反応がずっと気になっていた。

 不可解なものを見たような表情、なんだこれはという内容の発言。


「私、何か不味いことをしてしまったんでしょうか?」

「いや、そんなことはない」


 カミルがにっこりと笑い否定する。


「ただ、よくわからないから、もう一度見せてほしいんだ。……ユゼフ」


 声をかけられたユゼフは頷き、テーブルに広げられていた書類を片付け始めた。

 そしてエドガーが片付いたテーブルに空のコップを置き、水を注いでいく。


 その様子を見ていると、周囲の人間もよくわかっていない行為をする恐怖と、同じことができずに期待を裏切ってしまうかもしれないという不安で体がこわばってきた。


「やめるかい?」


 心配そうに眉を下げたカミルに、杏は無理矢理口角を上げて答えた。


「大丈夫です。用意していただいていますし、やります」

「……では、始めましょう。未知の現象をそのままにしておくのは、少し不安が残ります」


 ユゼフが懐から包みを取り出す。

包みを広げると、乾燥したミント、生姜、レモングラスが布の中から現れた。


「さきほど街で調達してきました。

 まずはあの現象を再現できるかどうか確かめましょう」

 

 ユゼフがカップをエドガーに手渡す。

 しばらくするとカップの中の水から湯気が上がり始めた。


「えっ、温まってる……?」


 杏は思わず、エドガーがテーブルに戻したカップを覗き込んだ。

 エドガーのぼやきが頭上から聞こえる。


「……マジで魔術関連の教育してねぇなアイツら」


 詳しく聞くと、水に魔力を通すことで沸騰させたり、逆に氷を作ることも可能だという。

 魔力で水分子の動きを操作しているのだろうか、と杏は脳内で仮説を立てた。


 ユゼフがお湯の中にミントを入れて、杏に手渡す。

 杏は一度深呼吸をして、魔力を通し始めた。

 すぐにミントの香りが広がり、一旦魔力を止めてカップをテーブルに戻す。

 この距離でも、はっきりと香りが感じられる。


「こ、これで大丈夫でしょうか?」


 四人の顔をうかがうと、全員が驚いたような顔をしていた。


「……速い、ですね」


 ユゼフが呟き、エドガーもそれに続く。


「十秒いかないくらいか……? いや、速すぎんだろ」


 一方カミルは杏の横に立ち、彼女の背を叩く。


「すごいな、アン! リシャルドや先生より全然速いぞ!」


 杏は背をバシバシと叩かれて曖昧に笑うしかできなかった。


「ちなみに、どのくらいが普通の速度なんですか?」

「あ〜、十数秒から数十秒くらいか? ちゃんと測ったことねぇからわかんねぇけど」

「結構個人差があるんですね」

「まぁ、薬草茶作る時は抽出具合とか見ながらやることもあるしな」


――――――

 

 その後も言われるがままに魔力を流し続けた。

 生姜やレモングラスも、カミル達曰く、ミント同様に出来上がるまでの速度が異様に速いらしい。

 さらに流す時間を長くすると、普通では考えられないほどの強い香りが室内に充満する。

 その度にユゼフが窓を開け、換気をしていた。


 何度目かの実験を終えてユゼフが窓を閉めるのと同時に、カミルが口を開いた。


「アン、君は本当にすごいな! 君には魔術の才能があったんだよ!」

「あ、ありがとうございます……」


 カミルはそう言ってくれるが、この世界の標準を実感として知らない杏は、その賞賛を素直に受け止められなかった。


「いや、確かにすごいけどよ……」


 と、エドガーが腕を組みながら眉をよせる。


「すごすぎんだろ。どうなってんだよこれ」


 ユゼフも口こそ開かないが、顎に手をやり思案しているようだった。


「確かに不思議だな……。ベン、何か意見はないか?」


 いきなりカミルに話を振られたベンは、あからさまに顔をしかめる。


「なんでオレ……」

「エドガーもユゼフもわからないみたいだし。ほら、なんでもいいから」

「ありませんよ」

「裏ルート的な……」

「知ってたら今頃オレは大金持ちだ」

「ははっ、それはそうだ」


 ユゼフがふと口を開く。


「アン殿、魔力量はどのくらいですか?」

「えっと、確かここに来た最初の頃に測定して……並と言われました」

「そうですか。……いえ、何かヒントになればと思ったのですが」

「いや、これ魔力量とか技術とか、個人差で説明つくレベル超えてねぇか」


 その後も四人が議論を続けるが、結論は出ない。

 杏が自分の事で延々と続く会話に申し訳なさを覚えていると、ロルフが壁に寄りかかったまま初めて口を開いた。


「なんでそうなったか、とかそんなに大事っすか?」


 全員の視線がロルフに集まる。


「てかその人、異世界人でしょ。異世界人だから、でいいじゃないっすか」

「おいバカ。異世界人の伝承は『魔法』だろうが」

「え~~。凄いならどっちでもいいじゃんか……」

「何言ってんだよ、いいわけ――」


 と、エドガーがそこで口を閉じた。

 カミル、ユゼフ、エドガーの三人で視線を交わす。


「……ありえなくもない、のでは?」


 ユゼフが探るように言葉を紡いだ。


「てか、魔導のことなんだから副団長に任せればよくね? オレ腹減った」


 空腹を訴えるロルフにベンが近づき、頭に思いっきり拳骨を落とした。

 いい音が室内に響き、杏は思わず肩をビクつかせる。

「いつものことです」とユゼフから謎のフォローが入った。


「てめぇ、腹減ったって理由で口出しすんじゃねぇ!」

「だっていつまで経っても終わる気配ないじゃんか!」


 結局この場ではこれ以上の結論は出なさそうなので副団長――義勇軍副団長兼魔導部隊長であるリシャルドに任せようということになり、この場は解散となった。


「あの、エドガーさん、副団長と隊長って、その二つの役職……兼任できるものなんですね」

「……まぁ、副団長は人に仕事投げるの上手いからな」

「な、なるほど」


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