4話 エドガー先生のざっくり魔導講座
王都を出発したその翌日、杏は木の幹に寄りかかってぐったりとしていた。
目の前では荷馬車二台と杏の乗っていた馬車一台を中心に、人と馬とが思い思いに休憩をしている。
義勇軍の人間は五人だけで、目の前にいる人々のほとんどがライヒ商会の関係者らしい。
昨日は平気だったのに、なぜか今日は、馬車に乗っている間にだんだんと気分が悪くなってきてしまった。
頭痛がするし、吐き気もある。
馬車酔いだろうと言っていたのは、誰だったろうか。
「すみません……」
「いや、こっちこそ雑な運転になっちまって悪かったな」
杏のそばでは、エドガーが魔法で風を起こしてくれている。
そのおかげか、ここに座り始めた時よりは、いくぶんか楽になった。
最初に風を起こしてくれたのはカミルだったが、突然強風が吹いたと思えば急に無風になり、そしてまた強風が吹くというのを繰り返し、最終的にエドガーに追い払われた。
今はエドガーの代わりに馬の世話をしている。
彼の団長としての威厳は、いったいどこに行ってしまったのだろうか。
杏がそんなことを考えていると、ユゼフが木製のカップを持ってこちらにやってきた。
「薬草茶です。これで少しは楽になるかと思います」
杏が受け取ろうとしたそのカップは、なぜかエドガーの手に渡った。
エドガーはしばらくそのカップを手にした後、杏に渡す。
「あ、ありがとうございます」
杏は疑問を抱きながらも受け取り、口に含んだ。
ミントの爽やかな香りが鼻を抜けていく。
飲み終わる頃には、頭痛も吐き気も気にならない程度におさまっていた。
「なに顔しかめてんだよ。効かなかったか?」
「あ、いえ、違います。効きました。……ただ、こんなに効果があるものなんですね。少し驚いてしまって……」
「? こんなもんだろ? なぁ」
と、エドガーはユゼフに同意を求めた。
「そうですね」
「な、なるほど……」
そういえばここは異世界だった。異世界なのだからそういうこともあるのだろう。
杏がそう自分を納得させていると、エドガーがからかうように声を上げる。
「おいおい王立魔導塔特殊技官様、そんなんで大丈夫か?」
「……?」
なぜ今その肩書きが出てくるのだろう。
杏が首をかしげていると、エドガーはユゼフと顔を見合わせた。
「……アン、お前まさか魔術使えねぇのか?」
「いいえ、エドガー、それはありません。
光石を発光させているのを、この目で見ました」
「じゃあなんで魔力通した薬草茶飲んで驚いてんだよ」
単語は理解できているのに、話の流れがわからない。
頭に疑問符を浮かべ続ける杏に、エドガーが言葉を投げかけた。
いつの間にか、ユゼフも近くに腰を下ろしている。
「あ〜……そうだな。……まず、魔導士ってなんだ? 答えてみろ」
「えっ? えぇと、魔法を使う人……でしょうか?」
エドガーとユゼフがまた顔を見合わせる。
不正解だったようだ。
ここで杏は、今まで疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「あ、あの〜……。今まで聞きにくくてそのままにしてしまってたんですが……。
その、魔法ですとか、魔導ですとか、呼び方が色々あるのは、何か理由があるんでしょうか?」
それを聞いた途端、エドガーはガックリ肩を落とし、ユゼフは頭に手をやった。
杏が謝ると、二人はそれぞれ気にするなと口にする。
「王宮で魔導に関する基礎は教育されてるとばかり。
……魔導教育の基礎ですよね?
私自身には適性がなく教育を受けていないので、なんとも言えませんが……」
戸惑いを隠さずにユゼフはエドガーに問いかけた。
「まぁ、そうだな。座学の最初の最初に教わるやつだ。
市井で実践的に教える時は、その辺すっ飛ばすこともあるみてぇだが……」
「今は王宮での話をしています」
「だよなぁ……。なんだあいつら適当な仕事しやがって」
話についていけていない杏に、エドガーが向き直る。
「よし、ざっくり説明するぞ。
物に魔力を通して何かするのが魔術。
魔力を使って風起こしたり火を起こしたりするのが魔法。
全部まとめて魔導。魔導できる奴らが魔導士!
わかったか?」
「……な、なるほど?」
杏は一瞬アバウトすぎる説明に戸惑ったが、けれどそのおかげでざっくりとだが理解できた気がした。
「つまり……魔力を通す練習として光石を光らせていたのが魔術で、水球を出すのが魔法……?」
「そう!」
エドガーが杏の持っているカップを指さす。
「で、お湯――まぁ水でも良いんだが、その中に薬草を入れて魔力を流すと、なぜか効果の高い薬草茶ができあがる。
これも魔術。原理は知らん」
「……なるほど」
「その薬草茶ですが、私は魔導が使えません。
なので一度エドガーに渡し、魔力を流してもらってから貴方に飲んでもらいました」
「あっ……なるほど。ありがとうございます」
杏は今更ながら先程の行動の意味を理解した。
エドガーがふいに杏のカップを奪い去る。
「まぁ、とりあえず一回やってみろ」
そう言って、カップを持ったまま焚火の近くに集まる人々の所へ歩き出す。
「エドガー、そう何杯も飲む物ではありませんよ」
「大丈夫、大丈夫。出涸らしで試すんだ。問題ねぇよ」
エドガーは軽く手を振って去った後、すぐにカップにお湯を入れて戻ってきた。
中にはまださっきのミントが残っている。
「あ〜……とりあえず魔力流してみろ。匂いがしてくるまでな」
「……えっと、お湯に魔力を流すイメージで大丈夫ですか?」
「そうそう」
言われるがままに魔力を流し出す。
しばらくすると、メントールの香りが強くなってきた。
さきほどよりも匂いが強いような、そうでもないような。
成功したとは思うが、何せ光石とは違って変化が目に見えないので不安が残る。
とりあえず飲んでみようと思い、カップを口に近づけた。
「ん? おい、ちょっと待て――」
エドガーの制止の言葉が聞こえるが、咄嗟に動きを止められず、薬草茶をそのまま口に入れ――。
「――っ!? ゲホッ、ゴホッ!」
反射的に吐き出してしまった。
口の中が辛くて、感じたことのない強すぎる清涼感が鼻や喉までも刺激する。
「だ、大丈夫ですか?」
ユゼフがカップを受け取り、杏の背をさする。
エドガーが慌ててカミルを呼びに行く声が聞こえた。
「げほっ……。なにこれ……」




