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3話 強盗達と肩書詐称

 杏がカミルと出会った翌朝。


 彼女は迎えを待っていた。

 目の前には旅行鞄がある。

 昨晩、ユゼフと名乗るカミルの従者から貰ったものだ。

 中には、この世界に来る時に着ていた服、王宮で買ってもらった肌着やハンカチなどが入っている。

 必要最低限のものを詰めたその鞄は、スカスカだった。

 まるでここでの自分の生活を表しているようで、それが少し悲しい。


 今着ている服も、鞄と同様ユゼフから貰ったものである。

 王宮用のドレスとは違い腰回りの締め付けがゆるく、着ていてとても楽だ。


 しばらく待っていると、ノックの音が聞こえた。

 来訪者は、カミルと見覚えのない長身の青年だった。


「荷物はこれだけか?」


 エドガーと名乗った長身の青年は、そう言うが早いか、杏の鞄を持ち上げた。


「あ、いえ、自分で……」

「はっ? 軽っ!」


 エドガーは鞄を上下に揺らしだす。

 人の鞄を乱暴に扱わないでほしいと視線で訴えたが、通じなかった。


「お前本当にちゃんと荷造りしたのか?」


 なぜ自分は初対面の男に責められているのだろう。

 杏はエドガーの問いに頷きながらも、助けを求めてカミルを見る。


「ユゼフから、ここで貰ったものは持って行っていいと聞かなかったか?」


 カミルは苦笑しながらそう言った。


「言われました。でも……」

 望むものは、特定の物以外はなんでも用意してくれた。

 服や靴などの生活必需品から、髪留めといった装飾品寄りのものまで、なんでも。

 あまりになんでも揃えてもらえるものだから、一度ラインを知りたくて綺麗な指輪をリクエストしたことがある。

 結果、驚くほど大きくて綺麗な宝石がついた指輪が手渡され、それが怖くて、それ以降本当に必要な物しか頼めなかった。


「なんだか、自分のものとは思えなくて……。あ、でも本当に必要なものはいただいていきますよ」


「例えばこのピアスとか」と、杏は自分の右耳についたピアスーー翻訳機能を持つ古代魔道具を指し示す。


「あ、厳密に言えばこれは借り物だってわかっています。大丈夫です」


 杏が苦笑すると、エドガーが小さくため息を吐いた。


「変な遠慮なんかしなくていいぞ。なぁカミル」

「ん? まぁ、そうだな。くれると言ってるんだ。持っていってしまえばいい」


 エドガーは「よし」と呟いて棚の引き出しを無遠慮に開けだす。

 突然のことに杏が驚き固まっていると、エドガーが装飾品がある場所を聞いてきた。

 杏が答えると、エドガーはそこを開け、乱雑に全てベッドの上に並べていく。


「ほら、全部包んで鞄に入れちまえ」

「え、でも、こんな豪華なもの、王宮の外でつける機会ありますかね……」

「ちげぇよ、売るんだよ。自由になる金はあればあるほどいいだろ」

「た、確かに……」


 エドガーが今度はクローゼットを漁りだす。

 自分を思ってくれての行動に感謝するべきだとは思うのだが、彼のその強盗めいた行動に何も言えなくなってしまった。


「おい、カミル。どれが高く売れると思う?」

「えぇ……。俺にドレスの良し悪しなんてわかるわけないだろ」


 そう言いつつ、カミルもクローゼットを漁りだす。


「とりあえず、金糸がついているものでも持っていくか?」

「そうだな。おっ、南西産のシルクじゃねぇかこれ。高く売れるぞ」


 杏はただ強盗二人の行動を見守るしかなかった。


 ――――――


 パンパンになった鞄をエドガーに持ってもらい、杏達は馬車置き場へと向かった。

 杏は促されるままに馬車に乗り、カミルもそれに続く。

 唯一エドガーだけは別で、彼は御者台へ腰を下ろした。

 エドガーは馬車を動かしながらぼやきだす。


「御者なんて専門外なんだけどな……。

 どっかの誰かさんが急に明日出る、馬車用意しろっていうもんでな。

 そんな簡単に御者まで用意できるかって話だ。

 だからこうして専門じゃないオレがやってんだよ。

 誰かさんのせいでな」


 縮こまって謝罪する杏の横で、カミルは悪びれもせず「すまない。助かった」と笑った。


「この野郎……。

 まぁ、そういうわけだ。少しばかり乗り心地は悪いかもしれねぇが我慢してくれ」


 そう言われたものの、馬車に乗るのが初めての杏には乗り心地の良し悪しはわからない。

 ただ馬車に揺られていると、王都の大通りに出た。


 テレビやネットでしか見たことのないヨーロッパのような街並みに杏は目を輝かせる。

 物珍しそうにしている杏に気づいたのか、カミルが横で解説をし始めてくれた。


「あれが仕立て屋、あっちのは宿屋……」


 と、通り過ぎる店の説明をしていたカミルが急に口をつぐんだ。


「…………王都と言ったらここだけど、もしかして、来たことがないのか?」

「そう、ですね……」


 王宮の外を見てみたいと言ったことがある。

 けれど、遠回しに断られてしまったのだ。


 文字に関してもそうだった。

 翻訳機は読み書きには対応していないらしく、勉強のための本をお願いしたら、これもやんわりと断られた。


 今更ながら、外の世界と完全に隔絶されていたことにぞっとする。


「私、なんで外に出られたんでしょう……」


 少し間を置いて、カミルが口を開く。


「あくまで口実、というか相手を納得させるための言い分だと思って欲しいんだけど、一ヶ月経っても成果が出ないから環境を変えたらどうだって言ったんだ」

「そうだったんですね。ありがとうございます。……成果、出せるように頑張ります」

「だから口実だって言ったろ。気にしないでくれ」


 カミルは苦笑いをした後に、何か思い出したように声を上げた。


「そうだった。君、王立魔導塔の特殊技官ってことになってるからよろしく」

「はい?」

「さすがに異世界人だと公表するのは不味いとか、あと色々あって、『魔導塔から義勇軍への人材派遣』という形に落ち着いたんだ。

 大丈夫、大丈夫。遠い国の出身ってことになっているから文化の違いも誤魔化せるさ」


 何が大丈夫なのだろうか。

 言いたいことがありすぎて詰まる口から、杏は無理矢理にでも声を出した。


「せ、専門家に話振られたらどうするんですか⁉︎」


 この世界に来てから一番の大声が出た。


「ちゃんとした魔導士なんてそうそういないから大丈夫だ」


 杏が頭を抱えていると、御者台から声がする。


「諦めろ〜、そいつはそういうやつだ」

「えぇ〜……」 




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