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34話 最短最速


 杏達が現在拠点としているルーヴニア砦を出発し、数時間が経った。

 既に夜も明けたなか、杏達はゆっくりと進んでいる。


 馬に乗れない杏は、ジークベルトの後ろに乗せてもらっている。

 お尻と、彼の鎧に当たる部分が段々と痛くなってきたが、この状況ではそんな不満も言えない。

 

 偵察の為先行しているロルフ以外は、杏とジークを囲むようにして進んでいる。


「あの、こんなにゆっくりで大丈夫なんですか?」


 杏は思わず自分の前に座っているジークベルトに尋ねた。

 ルーヴニア砦から、ドグ隊のいるティウル砦まで、馬でまっすぐ行けば半日かからない程度だ。

 けれど今は、ティウル砦の北にある農村が敵に占拠されている。

 なので、農村にいる敵兵に気づかれないよう、南から回り込んでティウル砦へと向かっているのだ。


 遠回りをしている上に、ゆっくりと進んでいる。

 杏は湧き上がる焦燥感を抑えきれなかったのだ。


「馬も生き物ですので、この距離を全力疾走させたら潰れてしまいます。また、他の砦と距離があり、替え馬を用意する事も現実的ではありません。これが、最短最速です」


 ジークベルトが顔を少し後ろに向け、そう答えた。

 ジークベルトに理路整然とした説明をされ、杏は口を閉じるしかなかった。


「まぁ、そんな焦んなって」


 先頭にいたはずのエドガーが後ろに下がってきて、杏達と並走する形になる。


「団長も、少しだが兵を連れて進軍してるんだろ? 案外、着いたらもう全部片付いてるって事もあり得るぜ」

「それはあくまで敵の注意を引きつける為の陽動にすぎない。仮に交戦するとしたら、我々がティウル砦に到着した後だとお前だってわかっているだろう」


 エドガーは呆れたような表情を浮かべた。


「お前さぁ……」

「なんだ」

「いや、なんでもねぇけど」


 ジークベルトがふとエドガーの奥にいる兵士に視線を移す。

 そして、眉をひそめて周囲を見回した。


「おい、なんだお前達、その顔は」

「いえ、別に」

「なんでもねぇです」

「ジーク副官はジーク副官だなぁって思っただけです」


 兵士達の言葉にジークベルトは息を呑んだきり黙りこんだ。

 その拗ねたような反応に、杏は思わず笑ってしまう。


「……技官殿?」

「……なんでもないです。すみません」


——————


 ようやく、小高い丘の麓まで来た。

 ロルフだけが丘の頂上で周囲を見回している。

 今はまだ見えないが、この丘を登って降り、更に少し登るとティウル砦に到着する。


 杏達は馬から降り、思い思いに休憩をとっていた。

 杏も、パンとチーズを食べ、疲労回復の為に通常の万能回復薬を飲んでいる。


 杏が万能回復薬を飲み終わった頃を見計らい、ジークベルトが話しかけてきた。


「技官殿、これを」


 ジークベルトから手渡されたそれは、杏の世界での修道女が身につけているような頭巾だった。

 この世界では成人女性が身につけているのをたまに見かける。


「それで、髪の毛を隠してください。貴方の髪は少し目立ちます。敵に、貴方に関する情報を与えたくありません」

「わかりました」


 杏が頭巾を被って位置を調整していると、ジークベルトが再び口を開く。


「ここからは速度を上げ、基本的に何があっても止まらずに進みます。およそ……三十分程で到着するでしょう」


 『何があっても』の部分は考えないようにして、杏は頷いた。


 それからすぐに休憩は終わり、馬に乗って丘を登る。


「どうだ?」

「何も問題ないよ」


 ジークベルトがロルフに尋ねると、ロルフはいつもと変わらない調子で返事をする。


「そうか、ご苦労だった。お前はもう戻れ」

「ん」


 二人の会話を聞いて杏は「えっ?」と声を漏らした。


「ぜ、全員で辿り着くって言ってませんでした……?」

「あれは……」


 ジークベルトは口を閉じ、咳払いをした。

 

「言葉の綾です」

「えっ?」

「今回の作戦での彼の任務はここまでです」


 ジークベルトの思いもよらない言葉に、杏は思わずロルフを見る。

 すると、彼と目が合った。

 いつもと変わらぬ表情のまま、こちらをじっと見つめてくる。

 かと思うと、彼は視線をパッとジークベルトに移した。


「なぁ、ジーク、やっぱり……」

「駄目だ。お前の斥候能力は買っているが、ここからは連携が重要になる。お前は戻れ。これは命令だ」


 ロルフは少しの間黙った後、「わかった」と答えた。


「一人で大丈夫?」


 ロルフもれっきとした兵士である事はわかっているが、どうにも心配になってしまう。


「問題ねぇよ」


 杏の質問に答えたのはエドガーだった。


「別に敵地のど真ん中通るわけじゃねぇし。仮に敵と鉢合わせたとしたら、逆に一人の方が好き勝手逃げられて楽だろ。な?」

「うん」


 護衛としてどうなのだろうと少し思ってしまったが、それを追求する場面でもないので飲み込んだ。


「……そっか。じゃあ、気をつけてね」

「うん、アンも」


 ロルフはそう言うと、目を細めて周囲を見渡した。


「うん、大丈夫だと思う」


 その言葉を受け、ジークベルトが「出発するぞ!」と声を張り上げる。

 今までとは比べ物にならない速さで馬が駆け出す。

 杏が思わず振り返ると、ロルフが丘の上で手を振っているのが目に入った。

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