30話 医療区画の日常
先週は投稿できず申し訳ございませんでした。
また、今後の展開を考え対象年齢をセルフレイティング(R15)とさせていただきます。
(8/31)
義勇軍が今まで拠点にしていた砦の、国軍への明け渡しが完了して一ヶ月が経った。
『ずっと放置していたくせに今更』
『成果が出てきた途端、手のひら返しやがって』
当初はこういった不満も多く上がっていたが、今では少し落ち着いてきた。
それどころか、街から離れたのにも関わらず以前より物資の供給が安定し、それを歓迎する声も多く聞かれるようになった。
杏はというと、最初の頃は調薬室の動線が変わったことで少し苦労していたが、今はもう慣れていた。
他に変化があるとすれば、後送されてきた負傷者達を見る機会が増えた事だろうか。
以前は杏がいる最後方まで負傷者が来る事は珍しかったが、今では基本的にこの砦に運ばれてくるのだ。
今日も負傷者達の治療に使う万能回復薬を作っていた。
その作業も一段落し、杏は茶葉を取りに治療室へ来ていた。
ハンナが取りに行くと言ってくれたが、気分転換も兼ねたいとそれを断った。
広い治療室ではまだマルコ達が負傷者達への対応を続けている。
万能回復薬は、万能ではない。
病気の元を断つ事もできなければ、毒を消す事もできない。
骨が折れてそのまま使えば変な形で治るし、傷口に異物が入ったまま使えばそこが化膿する事もある。
なので、症状が治らない者、変に怪我を治してしまった者は、こうして医療知識がある者がいる場所へ送られるのだ。
治療室の隅——嗜好品用の薬草がしまわれている棚の前で、杏はマルコの淡々とした声を聞きながら、今日の茶葉を選ぶ。
(今日も暑いし……ミントにしようかな)
そう思いながらも決めきれず棚を無意味に開け閉めしていると、マルコ達の声が嫌でも耳に入ってくる。
「あーあ、これ、全く整復せずに回復薬使ったでしょ」
杏は思わず声のする方を見てしまった。
マルコに診察をされている兵士の腕は曲がっている。
マルコの言うとおり、骨折後、骨の位置を戻す事なく回復薬をかけたのだろう。
「チッ、うるせぇな。戦ってる時にそんな暇あるかよ」
「そりゃ無理な時もあるだろうけど、そのせいで君を後送する手間が増えて、正しい位置に治すのにまた回復薬が必要になるんだよ。その辺わかってる?」
「戦場も知らねぇくせにうるせぇな! グチグチ言ってねぇでさっさと治せや!」
「……あ、そう」
マルコのその静かな一言を聞いて、杏の脳内で警報が響いた。
「ちょっと、この人押さえといて」
マルコがそばにいた医療班の人間に声をかける。
声をかけられた人間は小さくため息をつき、兵士の体を押さえた。
「じゃあ始めるよ」
「……ん? おい、ちょっと待て。痛み止めは?」
「さっさと治すんでしょ?」
その会話を聞きながら、杏は素早くミントを必要分取って調薬室へ逃げ込む。
ぱたりと調薬室の扉を閉めたその直後、治療室から悲鳴が聞こえた。
「なんですかこれ?」
ハンナが杏に尋ねた。
「……いつものアレ」
「いつものアレですか……」
——————
杏は今日の調薬係の者達と円を描くように座りながら、ミント茶を飲んでいる。
これは茶葉節約の為に杏が魔力を通して通常より濃く淹れた後、それを薄めた物だが、今日は少し薄め過ぎてしまったかもしれない。
扉の向こうから聞こえてきていた悲鳴は、「悪かった! オレが悪かった!!」という叫び声の後、聞こえなくなった。
「兵士達も学びませんねぇ」
と、調薬係の一人が呟く。
それに、他の者達も同調する。
「ほんとに。あんだけ人がいる場で何回も同じことやってるのに、毎回毎回先生に楯突く人が出てくるんだから」
「前線に記憶置いてきてるんじゃない?」
「かもね」
杏もまた、ミント茶を飲みながらその会話を聞いていた。
「あ、そういえば、アレクさん、あの人魔栓症らしいよ」
話題が別のものに移った。
「アレクって……あぁ、魔導士の人か。てかアンタ、なんで知ってんの?」
「ここ最近、朝早くこっそり来て、こっそり帰ってるんですよ」
「じゃあそうと決まったわけじゃないのね」
「でもあの人、今相当荒れていますよ。間違いないですって」
守秘義務という単語が脳内に浮かんだが、それよりも気になる事ができてしまったので、杏も話に加わった。
「魔栓症って、やっぱり、治らないんですよね?」
「だと思いますよ。まぁ先生やテオさんなら何か知ってるかもですけど」
「専門家レベルじゃないとって感じなんですね。怖いなぁ……」
「まぁ、原因もわかってませんからね」
「……魔導が使えなくなったら、私、ここにいる意味なくなっちゃいます」
杏はそう言いながら持っていたカップの縁を指で撫でた。
そんな杏をハンナが不満そうに見る。
「もー、アン様ったらそんなこと言って。そうなったら私と一緒に雑用でもやりましょ」
「私が教えてあげますから」と、得意げに言うハンナに杏は笑った。
不意に、一人の少女が「あ!」と声を上げる。
「トリカブト食べると治るって聞いたことあります」
「アンタ、それ死ぬでしょ」
隣に座っていた女性が、少女を軽く睨む。
「あ、あと他人に魔力流してもらって詰まりを取るってのも聞いたことあります」
「それも体に悪い要素しかないでしょうが」
「もう全部ダメじゃないですか」
杏は苦笑しながらそう突っ込んで残りのミント茶を飲み干した。
「さて、そろそろ作業再開しましょうか」
おまけ
HAPPY END
マルコ「(略)これ治すのに回復薬が余計必要になるでしょ」
兵士「確かに……。悪かった」
マルコ「次からもうちょっと考えてくれるとこっちも助かるよ。はい阿片」
BAD END
マルコ「(略)これ治すのに回復薬が余計必要になるでしょ」
兵士「確かに……。悪かった」
マルコ「次からもうちょっと考えてくれるとこっちも助かるよ。ちょっと、この人押さえといて」
兵士「……阿片は?」
マルコ「この処置に回せる程の在庫がなくてね。悪いとは思ってるよ。ごめんね」
ボキッ




