27話 使者の本音
ルートヴィヒがこの砦を訪れてから五日が経った。
今日は、元々使者が来ると知らされていたその当日だ。
杏は自室で、使者との面談に備えてユゼフから指導を受けていた。
五日前のルートヴィヒの訪問はあくまで私的なもので、公的な訪問は今日らしい。
ジークベルトが苛立ちを隠さずに「わざと誤認させるような言い回しをして……!」と言っていた。
彼は今頃カミルと共に、今日到着した使者とルートヴィヒを連れて砦を案内している頃だろう。
ユゼフが質問をし、杏がそれに答え、ユゼフがその内容を修正する。
何度もそれを繰り返し、ついにユゼフが頷く。
「……ある程度形になりましたね。これなら良いでしょう」
「ありがとうございます」
杏は胸を撫でおろしたが、すぐにルートヴィヒが言った言葉が蘇ってくる。
「あの、私、ルートヴィヒ様にお前の顔は雄弁だって言われたんです。……大丈夫でしょうか?」
杏がうかがうようにユゼフを見ると、彼は少し考えて答えた。
「わかりやすい部類であるとは思います」
「ですよね……」
「ですが、その発言は貴方を萎縮させて自身が主導権を握ることを目的としたものでしょう。気にしなくてもいいですよ」
そう言われても気になるものは気になる。
杏が「……はい」と小さく呟くと、ユゼフは言った。
「それに、今回の視察の件はルートヴィヒ殿ともう話が済んでいます。鉱山の件も承諾し、王宮への報告もこちらに不都合のない形で行うと約束いただきました。面談も形式的なもので、言葉の裏を探られることもないでしょう」
「安心なさい」とゆっくりと、しかし力強く言うユゼフに、杏は眉を下げながら笑った。
——————
指定された部屋に入ると、そこでルートヴィヒが椅子に座っていた。
机を挟んだ向かい側の席に着くよう促される。
「面談は、ルートヴィヒ様なんですね」
「あぁ。僕は今回の使節団の責任者だからね。それでは始めましょうか、特殊技官殿」
それからいくつか質問され、全てユゼフとの指導どおりに答えた。
答えに対して深堀りされることもあったが、全てユゼフの想定通りの問いで、あっけないほどあっさりと面談は進んでいった。
「さて、聞きたい事はこのくらいかな。ここからは私的な雑談なんだけれど」
と、ルートヴィヒが王宮の書記官に目配せをすると、彼は羽ペンを置いた。
「先日送った砂糖菓子、喜んでくれたかな?」
これも想定されていた質問だ。
「廊下に置かれていた物のことでしょうか? あれは不審物として処理したと聞いています。貴方様からのものだったのですね」
「おや、ちゃんと君の護衛に伝えたはずだけど」
「そうなのですか? ですが私はそのような報告は受けておりません」
「そうか。なら仕方ないね。私の渡し方がまずかったのだろう」
少しも残念そうな様子を見せず、ルートヴィヒが言った。
そして、「あ。そうだ」と何かを思い出したかのように声をあげた。
「そういえば、君がジークに思いを寄せているというのは本当かい?」
「誤解です。そのような事実はございません」
早口になりながらも、練習通りに答える。
「それは残念だ。弟に良い相手が見つかったと思ったのに……」
ルートヴィヒは頬杖をつき、今度は本当に残念そうに言った。
「ジークのことは完全に眼中にない? それとも他に想い人でもいるのかい?」
「い、いえ、ここの暮らしに馴染むのに精一杯で、気持ちの余裕がありません」
「余裕がないなら、それこそ誰かに甘えてみてもいいんじゃないかい?」
「え、えっと……」
何故自分は公式な面談の場で恋愛について聞かれているのだろうか。
思ってもみなかった展開に、杏は心の中でユゼフに助けを求めた。
「ジークは、身内が言うのもなんだが、優秀な男だ。生真面目な所が玉に瑕だが、きっと良い伴侶となるだろう」
「は、はぁ……」
「君と初めて会った時のこと覚えてるかい? あの時割り込んできたジークの顔は凄かったな。きっと君をとても心配していたんだろうね」
(それはただあなたが苦手なだけでは……)
その後もルートヴィヒによるジークベルトのプレゼンは続いた。
杏がどう反応したものかと、ただ曖昧な返事を繰り返しているとルートヴィヒは苦笑する。
「すまない。つい熱が入ってしまった」
そう言いながらルートヴィヒは立ち上がった。
「さて、今日はこのくらいにしておこうか。特殊技官殿、本日はお時間をいただきありがとうございました」
——————
翌朝。
「おはようございます。昨日の面談の件でお話を伺いに参りました」
自室の扉を開けると、ジークベルトが疲れた顔をして立っていた。
「朝から申し訳ございません。ですが昨夜訪問した際はもう就寝中とのことでしたので」
「まだ起きたばかりなんですが……」
「身支度は整えていらっしゃいますよね」
「済んでますけど……」
「では問題ありませんね。貴方の朝食は確保しておくように通達済みですし、仕事も遅れた分だけ後で調整します」
杏は廊下で護衛をしているエドガーに視線を向けた。
一昨日この砦に戻った彼は、昨日今日と日中の護衛をしてくれる事になっている。
エドガーは肩をすくめて「諦めろ」と言った。
杏は諦めてジークベルトを自室に通した。
「団長は……」
いないとわかっていながらも、視線をさまよわせる。
「昨日の使節団への接待でお疲れのようでしたので、私一人で参りました」
せめて緩衝材が少しでもほしいと思ったのだが、いないのならば仕方がない。
「面談の内容は書面に残したと聞いてますけど…」
「書面に残っていない話もされたのでしょう」
杏は昨日話した事を全て話した。
ルートヴィヒからジークベルトを結婚相手に勧められてプレゼンまでされた事と、その内容。
全てだ。
本人にそんな報告をするのは気まずくて嫌だったが、その本人が話せと言うのだ。
仕方がない。
彼にも同じように気まずい思いをさせて憂さ晴らしをしたという気持ちは決してない。
決して。
話を聞いて帰ってきたジークベルトの反応は、杏が予想していないものだった。
ジークベルトは目を瞑り、息を細く長く吐き出した。
次に彼が発した言葉は、とても冷たかった。
「貴方は、存外冷静なのですね」
——————
ジークベルトは、六日前にルートヴィヒが初めて砦を訪れた日の事を思い出していた。
来賓室にて、義勇軍上層部との会合の後、ジークベルトと二人きりになったタイミングでルートヴィヒは言った。
「すっかりあの団長に染まってしまったと思っていたけれど、やるじゃないか」
ルートヴィヒは宿泊用にとあてがわれた部屋で椅子に座り、紅茶の香りを楽しんでいる。
「何の事でしょうか」
ジークベルトは用意された椅子に座らず、上からルートヴィヒに声を落とす。
「聞いたぞ、あの噂。あの特殊技官から婚姻を望まれているとか、思いを寄せられているとか……」
「誤解です」
「なんだ、つまらない」
ルートヴィヒはティーカップを机に置いた。
「せっかく特殊な魔術を使える人間を家に取り込めると思ったのに」
「彼女には爵位も何もありません。我が家には不相応です」
「でも今後の活躍次第では叙爵も十分あり得るし、後見人を望む者なんていくらでも出てくるだろう。そこまで頭が回らなかったとでも?」
ジークベルトは口を閉じ、眉をかすかに寄せる。
「ま、地位がなくても最悪彼女の魔導適性を継いだ子が生まれればそれでいい」
ルートヴィヒは口調を変えずにそう言った。
そして、一段声を低くしてジークベルトを見上げる。
「だから、お前が彼女の価値が広まる前にものにしようと動いていると思ったのに……。がっかりだ」
「なんとでもおっしゃってください。私の考えは変わりません」
ルートヴィヒは紅茶に口をつけ、息を小さく吐いた。
「……まぁいいさ。しばらくは万能回復薬だけで我慢するよ」
「お言葉ですが……」
ジークベルトは敵意を露わにして続ける。
「彼女は我々の大切な協力者です。彼女を傷つける事があれば、兄上と言えど容赦は致しません。ゆめゆめお忘れなきよう」
「容赦はしない? ははっ、どうやって? 今、まさに、後手に回ってるのに?」
口元まで運びかけていたティーカップをテーブルに戻し、ルートヴィヒは笑う。
ジークベルトは冷たい目でルートヴィヒを睨んだ。
確かにその通りだ。
情報は漏れ、断れない条件を突きつけられ、完全に主導権を握られている。
けれど——。
「驕った人間ほど陥れやすい者はおりません。どうか、足元にご注意を」
ジークベルトのその言葉に、ルートヴィヒは口元を歪ませて笑った。




