22話 求:退職代行
「……ということがありまして」
杏は食堂での出来事をカミルに説明した。
とある日、杏が屋外を歩いているとカミルとジークベルトと行き合った。
カミルに話を振られて杏がそれち答える形で雑談をしていると、「急ぎの用を思い出しました」とジークベルトがその場から逃げるように去っていった。
「ジークと何かあったのかい?」と尋ねるカミルに、杏は先日食堂であった事を説明した。
「あれから、避けられるようになってしまって……。エドガーさんは気まずがってるだけ、と言っていたのであまり気にしないようにしてるんですが……」
気にしないようにしていると言いつつも、杏は肩を落とした。
「あれは本当に気まずいだけだろうから、大丈夫だ」
カミルは苦笑しながら、杏の肩を軽く叩く。
「本当にダメな人間に対しては、完全に隠すか、それか逆にもっとハッキリ態度に出すからな」
「それは、エドガーさんも言ってましたね」
カミルのその言葉に、杏は笑みを漏らした。
「それにしても、そうか。ジークの食べ方が直っていたのは、君のおかげか」
カミルが目を細めて杏を見た。
「そう、なんですかね?」
「でもタイミングは合うだろう?」
「それは、そうですけど……」
杏は自身の指を遊ばせながら答えた。
「あれを『私のおかげ』と言っていいものか……」
「ははっ。まぁ、結果が良ければ良いじゃないか」
カミルは笑い声を上げた後、杏を真っ直ぐ見つめた。
「本当にありがとう」
カミルは笑みを浮かべているが、杏はその顔に違和感を感じた。
「団長……?」
杏の探るような視線を感じ取ったのか、カミルは顔に貼り付けていた笑顔を捨てた。
彼は眉を下げながら、話し出す。
「いや、俺が何度心配だって言っても聞いてくれなくてな。こんなに長い付き合いなのに、俺の言うことは……と思ってしまって」
寂しげに笑うカミルに、杏は申し訳ない気持ちになってしまう。
「そ、それは……ほら、アレですよ。家族や親しい人の言うことは聞き流して、逆にそうではない人の言うことは聞くって、よくありますよね?」
杏のその言葉に、カミルは杏を強く見つめた。
「アン、その言葉は、君が外の人間だと言っているように聞こえて、俺は寂しい」
カミルは杏の両手をとって、自分の両手で包み込んだ。
「俺は、君をもう仲間だと思っているのに……」
「え、ちょ、ちょっと、そこ拾います? 今?」
「あぁ。自分の気持ちは言える時に言っておかないと」
思わぬ話題の急転換に杏は乾いた笑みを浮かべる。
カミルの後方に控える彼の護衛に視線で助けを求めるが、護衛は肩をすくめるだけだった。
自分の護衛の方を振り向いても顔を逸らされた。
杏は諦めて、カミルの視線に応えるように彼の顔を見る。
一瞬「私も仲間だと思っています」と言おうとして、止めた。
恩人には、誠実でありたかったのだ。
「まだ、一つ季節を越えただけです。仲間だと胸を張って言うには、まだ……。でもここに来れて良かったと、ここで頑張りたいと、そう思っています」
「本当かい?」
「本当です。本当」
カミルはにっこりと笑った。
「そうか、ならよかった! そうだ、アン——」
カミルはそこで言葉を区切った。
砦の門が開き始めた。
そして馬車が入ってくる。
よくよく観察すると、それはヘンリクの馬車だった。
カミルがひとりごちた。
「そうか、今日だったか」
ヘンリクは、雪が降り積もり始めた頃に王都へ発った。
「王立魔導塔特殊技官の使用する魔術に特殊性がある可能性あり。現在調査中」という報告をする為だ。
雪が完全に積もってしまうと峠越えができなくなるので、雪が溶けるまでヘンリク曰く「中部でゆっくり養生」するとの事だった。
カミルに気づいたのか、ヘンリクの馬車は杏達の方へと向かってくる。
馬車が止まると、恰幅の良い男性が馬車から降りてきた。
「おやおや、団長にアン殿ではないですか。お二人にお出迎えしていただけるとは、嬉しいものですな」
朗らかに笑うヘンリクにカミルが抱きつき、ヘンリクもカミルの背に手を回してカミルの背を叩く。
「久しぶりだな! あんな雪の中での峠越え、心配したぞ」
「ははっ、手紙で私の無事はご存知でしょうに」
「それは、そうだが」
カミルは体を離し、ヘンリクを見る。
「……少し、太ったか?」
「はははっ、中部で存分にご馳走と酒を楽しんだおかげでしょうね」
「なるほどな。資金提供者への挨拶回りもしてくれてたんだったな。ありがとう」
「なんの、なんの」とヘンリクは自身の腹を撫で、視線を移した。
「あ、あの、ヘンリク様、ありがとうございました。私のせいで、危険な時期に峠越えをさせてしまって……」
「アン殿、気になさるな。……正直に話してしまえば、なにも貴方の為だけに冬の峠越えをしたわけではない。ほとんどは、軍の為だ。そう、全部自分で背負わなくていい」
諭すような声色から一転、ヘンリクの声が明るくなった。
「ところで回復薬の味の方はどうだ? 私はいくら薬とはいえ、不味い物は口に入れたくないのだ」
「そ、それは……」
思わずヘンリクから視線を逸らす。
「蜂蜜等の甘味を入れることでなんとか飲める物にはなりました。不味いままですが」
「そうか……。それは残念だが、仕方あるまい。他に何か懸念点はあるかね?」
「え? あ、はい。甘味の種類によって多少差はありますが、全体の量に対して二割程度甘味が必要になります。あまりにもコストがかかりすぎるので、今は外服薬としてのみ使用しています」
そこまでの杏の説明に、カミルが補足をする。
「リシャルドが蜂蜜や甜菜の収穫量を増やすように調整してくれている。来年以降は飲み薬としても広く使えるようになると思う」
「なるほど。では私の方も伝手を当たってみましょう」
そこまで言って、ヘンリクは仰々しく嘆き始めた。
「あぁ、今日一日は休息日と決めていてのに仕事の話をしてしまった。これはいけない。早く自室へ行き、西方のワインを開けなければ」
そこまで言って、ヘンリクはニヤリと笑った。
「お二人も一緒にどうですかな?」
とてもありがたい誘いだったが、杏にはまだ仕事が残っていたので丁重に断った。
「では団長、久しぶりに二人で飲みましょう」
「ヘンリク、ジークも呼んでもいいか?」
「ジークベルトを? もちろんですとも。あの若者に休み方を叩き込んでやらなくては」
「助かる!」
話が終わりその場から去る二人を見送っていると、カミルが戻ってきた。
「そうだった。アン、君、ちょっとしばらくの間ジークを気にかけてくれないか?」
「え?」
「ほら、あいつ、君の言うことは聞いただろ? 目に余るところがあったら言ってやってくれ」
「いえ、でも……」
「嫌かい?」
「嫌では……。むしろ心配はしています。でも——」
「よかった! ありがとう!」
カミルはそう言うと、杏の言葉も聞かずにヘンリクの元へ駆け戻っていった。
「ここ辞める時に必要なものってあります?」
杏は、自分の護衛に聞いた。
「さぁ? 上の人間に言うとか? ジーク副官とか」
ニヤリと答える護衛を、杏は睨んだ。
あとがき
どこに入れればいいかわからなくてカットしたヘンリクさんのセリフ
「雪が積もり始めた頃に報告に行きましょう。危険? だから良いんです。いち早く報告する為に危険を承知で馳せ参じたというポーズは、王宮連中には良く効きます。なぁに、ご心配なく。何のために長年この腹に贅肉を蓄えているとお思いか。ハッハッハッ」




