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21話 よく噛んで食べましょう


 夜遅く、もう人がほとんどいない食堂。

 カウンターで料理を待っているジークベルトに、杏はそろりと歩み寄った。


「何か御用でしょうか?」


 彼に自覚があるかは定かではないが、ジークベルトに睨むように視線を向けられ、杏はたじろぎながらも口を開く。


「あの……。今日、団長やエドガーさん達から、あなたに睡眠薬を盛る案が出まして……」

「は?」


 今日、カミルがマルコを訪ねて医療区画へやってきた。

 杏の護衛のエドガーも話に混ざろうとしたので、杏も半強制的にその話を聞くことになったのだ。


 侯爵家育ちの人間に気づかれないように睡眠薬を盛るにはどうしたらいいか。

 その質問に対して、マルコは杏にやらせればいいと答えた。

「匂いとかが出にくい薬草で彼女に睡眠薬作らせて、ジーク副官が飲むものに混ぜればいいんじゃない? 彼女にやらせれば、魔力の残滓もほぼないでしょ」


 いつのまにか片棒を担がされそうになり、杏はあっけにとられた。


 そういう出来事があったので、もう火を落とそうかという時間に食堂に現れた、顔色の悪いジークベルトを放っておけず、声をかけたのだ。


「結局それはなしになったんですが……」

「それは……、告発か何かですか?」

「あ、違います。違う。間違えました」


 ジークベルトは杏の言葉も聞かず、できた料理を受け取りテーブルへと向かう。


「す、すみません! 話の順序を間違えました!」


 杏は慌ててジークベルトの後を追う。

 ジークベルトが座った真正面に杏も座り、彼の不機嫌そうな顔を見て、少し横にズレて座り直した。

 年下だとわかっても、彼の圧が消えるわけではない。

  

「みなさん——特に団長が、それだけあなたを心配しているということをお伝えしたかったんです。睡眠薬なんて発想が出てくるくらいには」

「そうでしたか。ご心配をおかけしてしまい申し訳ございませんでした。ですがもう大丈夫ですので」

「えっ……?」


 杏は愕然とした。


(団長の名前を出したのに、全く響いていない……!?)


 固まる杏をよそに、彼は黒パンを乱暴にちぎり、スープの中に放り込んでいる。

 スプーンでパンを沈め、スープボウルを持ち上げてそのままかき込んでいく。


 彼はそんな食事をする人ではなかった。

 この砦で冬を過ごす中、話すことこそ少なかったが、彼と同じ空間で食事をすることは何度かあった。

 その時の彼は、背筋を伸ばし、丁寧に黒パンをちぎり、スープを一口分ずつスプーンで掬い上げ、ゆったりと食べていた。

 その佇まいが綺麗だと思ったのを、杏ははっきりと覚えている。

 

「あ、あの!」


 杏の口は、勝手に言葉を放っていた。

 

「私も心配です。……例えばその、飲み込むような食べ方とか」


 その言葉に、ジークベルトはピタリと動きを止めて、持っていたスープボウルをトレーに置く。

 彼はスープの中身をじっと見ていた。

 彼の行動の意図がわからず杏が彼を見ていると、不意に目が合った。

 しかしすぐに視線はそらされ、そのまま彼はスプーンで具材をすくい、口に運んだ。

 今度は、ちゃんと噛んでいる。


「…………」

「…………」


 とても気まずい時間が流れていく。

 なぜか食事の仕方を改めてくれたので、それは喜ばしいことだ。

 けれど、席を立つタイミングをすっかり見失ってしまった。

 どうすれば自然にこの場を離れられるかと考える彼女の頭に一つの案が浮かび上がった。


「あ、食後に薬草茶でもどうですか? お淹れします」


 ジークベルトは再びピタリと動きを止め、呆れた声でこう言った。


「……今の話の流れで飲むと思いますか?」

「あっ…………」


 杏はそっと立ち上がり、「他意はないです。すみません」と言ってから、逃げるようにその場を去った。


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