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20話 「アン、今年で二十五だってよ」


「おい、お前ら知ってたか? アン、今年で二十五だってよ」


 エドガーは、団長室の扉を開けるなりそう言い放った。


「え?」

「は?」


 カミルはサインをしていた手を止め、ジークベルトは書類整理の手を止めて、口を半開きにしたまま動かない。

 そんな二人を見て、嬉しそうに肩を揺らしながらエドガーは室内に入っていった。


「この前アンとジークの年齢の話になってな。その後じゃあお前はいくつなんだって聞いたら二十五だとよ。二十五!」

「えっ……彼女、俺より年上——あっ!」


 カミルの持っていた羽ペンからインクが落ち、書類にシミを作る。

 カミルはそれをしばらく見つめた後、無言でジークベルトに視線を移した。


「駄目です。書き直させます」

「でも、文脈でわかるだろ? わざわざ書き直すなんてもったいない」

「駄目です」


 ジークベルトがするりと書類を奪い取り、部屋にある他の机に向かおうと足を動かし——。


「……っ」


 机の角に足をぶつけた。


「ぶはっ、お前もしっかり動揺してんじゃねぇか!」

「うるさい! 淑女の年齢を話のネタにするな。品がないぞ」

「お前、オレに品とか期待してたのか?」


 ジークベルトが、ケラケラと笑うエドガーを睨みながら髪を撫で付けた。


「いや、しかし、そうか……」


 エドガーがカミルを見ると、彼は机上の残りの書類を横に押しやり、椅子に深く腰掛けて天井を見つめていた。


「てっきりジークと同じくらいか、それより……」

「だよなぁ! だって出会った頃のアイツ、ほんっと頼りなかったぞ」


 カミルは苦笑する。


「言い方はともかく、まぁ……」

「でも今は立派にたくましくなって——いや、たくましくなりすぎじゃねぇか? オレを顎で使うぞアイツ」

「ははっ」


 今度は楽しそうに笑うカミルを見て、エドガーは目を細めた。


「……だから、連れてきてよかったんじゃねぇの?」


 エドガーのその言葉に、カミルは眉を下げた。

 

「では、本題に入りましょう」


 エドガーとカミルの間に漂っていた雰囲気を、ジークベルトが断ち切った。


「お前さぁ……」

「エドガー、我々は職務に追われている。雑談をする為にお前を呼んだわけではないんだ」

「下の人間とたわいもない話をして親睦を深めるのも、上の人間の務めじゃねぇの?」

「ならばお前とは雑談する必要はないだろうが」

「酷い言い草だな、おい」


 エドガーはわざとらしく口尖らせて、肩をすくめた。

 ジークベルトはエドガーの態度を気にせず続ける。

 

「彼女の護衛班の再編成の件だが、進めて問題ないな?」

「あぁ、問題ねぇ。もう大丈夫だろ」


 しばらく前から、この話は上がっていた。

 

 アンの護衛班の人員を決める際、護衛班長に任命されたエドガーはある条件をあげた。

それは、威圧感がなく、周囲との緩衝材となれることだ。

 その条件をなくし、純粋な警護能力重視での再編成を行いたいというのがジークベルト含め、上層部の考えだった。


「…………技官殿の護衛班を編成する為に様々な部隊から人材を引き抜いてきたが、その後問題が生じた隊も少なくはない。一番酷いのはドグ隊だ。回復薬の申請量が明らかに多い! 奴ら訓練中の怪我と偽って喧嘩でできた傷を治しているに違いない!」


 ジークベルトは強く拳を握りしめた。


「なので、可能な限り早く再編成を行いたい」

「違いないって、ひでぇな。証拠でもあんのかよ」

「逆に聞くが、していないと思うか?」


 三人の間に沈黙が流れた。


「…………まぁ、俺んとこにも、『ディールを返せ!』『副隊長を返せ!』って色々来てたもんな」

「…………さすがに彼一人抜けただけでああなるとは、私も思ってもみなかった」

「まぁ、ドグは仲裁が苦手で、そのあたりは全部ディールに任せてたもんな」


 カミルのやわらかい言い回しに、エドガーが噛みつく。


「苦手っつうか、アイツ率先して煽りに行ってんだろうが! 覚えてねぇとは言わせねぇぞ、賭場で煽りまくった挙句、なんでか乱闘騒ぎに混ざってたの」

「ははっ。そんなこともあったな。懐かしい」

「ということで、編成案を考えておいた。目を通しておいてくれ」


 ジークベルトは机の上に置いてある紙をエドガーに渡した。

 エドガーは軽く書類に目を通して呟いた。


「お前さぁ……」


 ジークベルトを一度睨みつけ、視線をカミルに移す。


「おいカミル、こんなんやる暇あるなら休ませろよコイツ」

「いやぁ、いつのまにか作ってあって……」

「エドガー、こんなんとはなんだ」

「こんなんはこんなんだよ! 副団長に任せるなり――あっ、そういや最初の編成案出したのオレじゃねぇか! オレにやらせろよ!」


 エドガーは手に持った書類をひらひら振りながら、ジークベルトを睨む。


「副団長はお忙しい。なら、他に全体の人員を把握している私が作るのが合理的だ」

「お前さぁ……。そんなん言ってるといつか痛い目見るぞ」

「まだ回復薬に頼らずに回せているから問題ない」


 ジークベルトは机の上の書類を一枚持ち上げる。

 先程カミルが汚したものだ。


「団長、私はこの書類の再発行を依頼してきます」

「あ、おい、逃げる気か?」

「ゆっくりでいいぞ」

「いえ、すぐ戻ります」

「おい、待てジーク! カミル、お前も止めろよ!」


 足早に団長室から出ていくジークベルトの背中に向かってエドガーが叫んだ。


「お前、マジでいつか痛い目見るからな!!」


 止まらないジークベルトの背中を見て舌打ちをして、エドガーはカミルを睨む。


「お前も止めろよ」

「止めたさ」


 カミルは降参するように両手を上げ、その後頬杖をついた。


「何度『お前が心配だ』、『団長命令だ』と言ったか……」

「あいつ、オレらの小言はもう完全スルーだな。ゾフィーは?」

「最近は彼女の言葉もかわすようになってきたみたいで……。昔はもう少し言うことを聞いてくれたんだけどな」

「そうか? 昔からあんなんじゃなかったか?」


 二人は大きくため息をついた。

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