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19話 春の訪れ


 杏は大鍋から万能回復薬を少しすくい、色を確認する。


「これくらいかな。……ロット検査お願いします」


 そう言いながらカップにすくった分を移して、机に置く。

 すると、医療班で手伝っている下女がそのカップを持って外へ出ていった。


 季節は春。

 雪も溶け、防寒着を着なくても外を出歩ける季節になった。


 杏は残った医療班の女性と一緒に、大鍋を火から下ろす。

 木べら伝いに魔力を通して回復薬の温度を下げていく。

 ある程度冷めたら中にある不死草を取り除いて、濾したものを複数の薄型バットに流し込む。


 そこまで作業して、杏は外を見た。


「……間に合いますかね?」

「ちょっと、厳しいんじゃ……」


 杏の問いかけに、医療班の女性が答えた。

 

 あと二時間もすれば陽は沈んでしまうだろう。

 あとはこの万能回復薬を乾かして粉末状にして、袋に入れるだけだ。

 日没までにこの作業を全て終えたいのだが、万能回復薬を乾かす作業ができる人間――医療班に所属している魔導士が、今ここには杏しかいないのだ。


「あっ」


 杏はある事を思い出し、調薬室の隅に立っている護衛のエドガーを見る。

 医療班の女性も、杏の後ろで納得したような声をあげた。


「エドガーさん、これ、お願いします」

「オレは護衛なんだが?」


 エドガーはあからさまに顔を顰める。


「でも、手は空いてますよね?」


 そう言って、杏はエドガーの前に机を一つ運んだ。

 そして医療班の女性がその上にバットと水入れを置く。


「いや、テオとか先生とかいるだろ」

「テオさんは前線の砦に行っていて、先生は副団長に呼ばれてます」

「第一、輸送隊の出発は明日の朝だろ? まだ時間あるだろうが」

「日没後に作業したら蝋燭がもったいないじゃないですか」

「だからって自分の護衛に作業やらせる奴がどこにいるんだよ」

「でも先生が、立ってる魔導士は副団長だろうがジーク副官だろうが使えって言ってました」

「おい待て。団長どこ行った?」

「団長にやらせるのはちょっと……」

「まぁ、確かに……」


 二人で苦笑した後、杏はバットをエドガーに押しつけた。


「まぁ、そういうことで、お願いしますね」

「へいへい、了解ですよ。特殊技官殿」


――――――


 作業と片付けを終え、杏とエドガーは食堂へ向かっていた。

 日没前に終わらせる事はできなかったが、それでも杏一人でやるよりはずっと早かっただろう。


 暗い廊下を進んでいると、エドガーがため息と共に言葉を吐き出した。


「お前、図太くなったよな」

「図太い……?」


 その言葉が引っかかり、杏は眉を寄せた。


「だってそうだろ? オレにまで作業させやがって」

「それは、時間がなかったからで……」

「ここに来たばかりの頃だったら、絶対そんな事しなかっただろうが」

「まぁ、それはそうですけど……」


 エドガーのその言葉には同意するが、それでも「図太い」と形容されるのはどうにも釈然としない。

「エドガーさん魔導使えるんですし、いいじゃないですか」などと反論にもならない反論をしているうちに、食堂に着いた。


 杏が食堂で料理を受け取ると、何故かエドガーも受け取っていた。

 

 明言された事はないが、護衛は護衛対象と一緒に食事をしてはいけないはずだ。

 現に、ディール等の真面目な護衛は杏と共に食事をとろうとしたことがない。

 少し思う所はあれど非難する程ではないので、杏は何も言わずにエドガーと向かい合わせに座って食事を口に運ぶ。

 

 今日の夕食は、春野菜とライ麦を練った団子のスープと、ラム肉を焼いた物だった。


 料理について一言二言話をしていると、突然エドガーの背後から鋭い声が飛んできた。


「エドガー! 貴様、護衛対象と共に食事をするなど何を考えている!」


 エドガーは面倒くさそうにスプーンをぶらぶらと揺らしながら、その声の主に応える。


「ジーク、いいだろ、こんくらい。オレはコイツにこき使われて疲れてんだよ」


 エドガーはスプーンで杏を指した。

 ジークベルトはエドガーに「行儀が悪い」と言ってから杏を見る。


「技官殿、彼に調薬作業をさせたのですか?」


 ジークの鋭い目つきに、杏は居住いを正した。

 彼の声色や表情だけでも十分怖いが、きっちりと後ろに撫で付けられた髪やシワのない詰襟の服等のせいで彼の迫力は更に増していた。


「調薬作業と言いますか、乾燥作業を少し……。で、できれば日没までに作業を終えたくて……」


 杏のその返答に、ジークベルトは小さくため息を吐いた。


「技官殿、彼は貴方の護衛です。医療区画での作業は彼の仕事に含まれていません」

「す、すみません……」

「彼の普段の言動から仕事をしてないように見える事もあるかもしれませんが、それでも彼は仕事中なのです」

「おい、こら」


 エドガーの抗議の声は無視して、ジークベルトは続ける。

 

「医療班の者達は仕事の範囲や上下関係を重視しない傾向が見受けられますが、くれぐれもそれに流されぬよう、お願いします」

「はい。申し訳ございませんでした」


 杏が答えると、ジークベルトは満足したのか、トレーを持って杏達から離れていこうとしたのだが――。


「おい、ちょっと待てって」


 それをエドガーが制止した。

 ジークベルトの腕を掴み、強制的に彼の隣に座らせる。


「一体なんだ」

「いや、お前……ちゃんと寝てるか?」


 エドガーの言葉に、杏はジークベルトの顔を見た。

 よくよく観察すると、確かにジークベルトの目の下にはクマができている。

 ジークベルトは不快感を隠さずに、エドガーの問いに答えた。


「問題ない」

「問題ないならそのクマはなんなんだよ」

「前線の砦への巡回や入軍希望者が増加した事が重なり、少し疲れが溜まっているだけだ」

「ちゃんと休んでるのか?」

「今こうして休んでいるだろう」

「ただ飯食いに来ただけじゃねぇかよ」

「食事は休息だろう」

「じゃあ食事以外にちゃんと休憩とってんのか?」

「問題ない」


 その後しばらくエドガーとジークベルトの応酬は続き、ついにはジークベルトが「うるさい、黙れ」と言ったきりエドガーを無視して食事を始めた。


 杏はそれを見て目を丸くした。

  

 杏は冬の間、ジークベルトに文字を教えてもらう機会が何度かあった。

 その時彼は厳しいが丁寧に教えてくれて、エドガー相手に怒る事はあれど、こんな子供のような事はしなかったのだ。


 ジークベルトは飲み込むように食事を終え、立ち上がる。


「おい! ちゃんと休めよ!」


 エドガーのその言葉に「わかっている!」と返しながら、彼は去っていった。


「チッ、あれ絶対わかってねぇな」


 エドガーはそう言って、スープの残りを口に入れた。


「驚きました……」


 杏はまだ、ジークベルトが歩いていった方を見たままだった。


「あの人、ああいう面もあるんですね」

「そうなんだよ! ちょっと忙しくなると、途端に自分で仕事抱えだして……」


 杏はラム肉を口に入れながらエドガーの話を聞く。


「いっそ一回倒れたりすりゃあ改善するかもしれねぇが、全然倒れねぇんだよなぁ。……なんだ、若さか?」


 杏はその言葉に苦笑する。


「若さって。あの団長をサポートしてるんですから、そう若くもないですよね?」

「いや、アイツ今年で二十一」

「…………」

「…………」


 杏はスープをゆっくりと飲み込んだ。


「すみません、ちょっと聞き逃しちゃったみたいで。何歳って言いました?」

「二十一。今年」

 

おまけ

杏「………………あ! あぁ、なるほど! 私の故郷と歳の数え方違うんですね!」


 (説明中)


エドガー「いや、ここも同じだな」

杏「」

 

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