18話 渡すもの、受け取るもの
戦死者の葬儀を終えた後、杏はディールと共に砦へ戻った。
食堂で簡単な食事をとり、私室へ戻る。
重い体を動かして寝支度を整え、ベッドに横たわった。
目を閉じると、先程の炎が瞼の裏にちらつく。
杏は少し考え、体を起こした。
机まで行き、引き出しを開けて小袋を取り出す。
そして自室の扉を開けた。
廊下には、ロルフが立っていた。
廊下は暗く、彼の表情は読めない。
いてよかったと思う一方で、こんな状況で彼に護衛を任せるなんて、とそれを許した人間に怒りが湧く。
そんな複雑な気持ちを抱きながら、杏は彼に小袋を差し出した。
ハンデルの街で買った物で、中身は干したプルーンだ。
「今日も護衛ご苦労様。はい、コレあげる」
ロルフは袋を受け取った。
「……みんな、食べ物くれるんだ」
「そっか」
彼は袋を開けて、プルーンを食べ出す。
「中には、人から貰ったもん食べてればベンが拳骨落としに来るかもなって言う人もいて……」
「ふふ、なるほど。……確かにそうかもね」
「何で?」
ロルフは真っ直ぐに杏を見る。
「人は死んだら、それで終わりだろ? オレは、死んだ人にまた会ったことなんて、一度もない。……なんで、そんな事言うんだろうな」
杏は、何の言葉も返せなかった。
すると、ロルフはおもむろにプルーンの袋を杏に差し出した。
「食べる?」
「……食べる」
元々は自分があげたものだ、というつっこみは飲み込んで、杏は一つ袋から取り出した。
口に入れると、少しの酸味と強い甘味が口の中に広がる。
「……こっちもある」
ロルフが自分の分を取った後に、杏に袋を差し出す。
今度はナッツだった。
杏がそれを食べていると、今度はレーズンの入った袋を差し出された。
「待って。どれだけあるの?」
笑いながら杏が言うと、ロルフが肩をすくめて答えた。
「だから言ったじゃん。みんな食べ物くれるって」
「そうだった」
ロルフは、また何か口に入れたようだった。
「うん、うまい」
「……そうだね、おいしい」
二人はその後、ロルフの戦利品を静かに食べていた。
――――――
翌日、杏が目を覚ますと日が高くのぼっていた。
「………………っ、寝坊した!」
ベットから飛び起きる。
その直後に今までの事を思い出し、少し冷静になった。
以前、一度だけ寝坊した事がある。
まだゾフィーに面倒を見てもらっていた頃で、彼女に起こされ、エドガーに「ゾフィーがいなかったらオレが叩き起こしてたぞ」と言われた。
つまり、起こされていないということはセーフである。
そうは思いつつ、いつもより早めに身支度を整えていると、扉をノックする音がした。
返事をしつつ、身支度を済ませ扉を開ける。
「アン、おはよう」
カミルだった。
身綺麗にしてはいるが、顔には疲れが滲んでいる。
今日は珍しくジークベルトではなく、他の人間を連れていた。
「昨日は本当にありがとう。君のおかげで多くの兵達を助ける事ができた」
カミルは笑顔でそう言った。
その言葉に、杏はベンと、彼と一緒に寝かせられていた者達の事を思い出す。
「ありがとうございます」
言葉の意味とは裏腹に暗い声色の杏を見て、カミルは眉をよせた。
「アン、君――」
「おい、先にこっちをどうにかしたいんだが」
エドガーが横から顔を出す。
両手には小袋を沢山抱えていた。
「それは?」
「お前宛。お前全然起きてこないからこうなっているわけだけどな」
「え、私に?」
疑問符を浮かべる杏に、エドガーは次々と袋を渡していく。
杏が落とさないようにバランスをとっていると、エドガーがにっと笑った。
「みんな感謝してるってさ」
「……あ、ありがとうございます?」
――――――
カミルに昼食に誘われて、一緒に食堂への道を行く。
扉の前で何となく嫌な予感がして立ち止まる。
「…………団長、ちなみに今何を考えていますか?」
「え? 昨日の立役者が来たぞってみんなに言おうと……」
「……………………拒否権はありますか?」
「嫌かい?」
「嫌と言いますか……」
まず最初に思ったのは「恥ずかしい」だった。
けれど、自分の感情に向き合おうとすると、他にもズルズルと理由が出てくる。
「色んな人にお礼を言ってもらって、すごいとも言ってもらって……。でも、犠牲者は出てしまったんですよね? 私、おそらくとても期待してもらっていたのに……」
視線を伏せて言葉を吐き出していく杏の両手をカミルが握った。
「アン、君は、何ができる? 昨日、何をしてくれた?」
「それは……万能回復薬を、作りました」
「あぁ、そうだ。でもそれは、効果は凄いが、ただの薬だ。死者を蘇らせるものじゃない。だから……」
カミルはそこで言葉を区切り、杏の様子をうかがった。
先程と変わらない杏に次の言葉をかけようとカミルが思った瞬間、バタッと食堂の扉が開き、中から一人の兵士が出てきた。
「あっ」
兵士は驚きの表情を浮かべ、中へと駆け戻る。
杏は、嫌な予感がした。
「おーい! 昨日の! 何かすごい薬作った姉ちゃん来たぞ!!」
「えっ、ちょっ!」
その後、杏は兵士達やカミル、エドガーに半強制的に食堂に連れ込まれた。
味方はいなかった。
「ありがとうよ!」
「俺さぁ、死ぬかもって思ったんだよ。でも、そん時アンタの薬かけてもらってなんとかなってよ」
「そうそう、コイツとはお別れかもって覚悟してたらなんか生きてんだもんな!」
「もうダメかもなって時についさっき怪我で撤退してった奴に助けてもらったんだ。アンタは命の恩人だよ」
杏が次々と浴びせられる賞賛の言葉に目を白黒させていると、カミルが顔を覗き込んできた。
「アン、わかってくれたか? みんな、君に感謝しているんだ」
なおも続く賞賛の声に目頭が熱くなる。
「私、役に立てたんですね……」
「昨日からそう言ってるだろ?」
「そうでした。……ありがとうございます。私、ここに来てよかったです」
杏は、上ずった声でそう言った。
次回より、毎週月曜日19時更新に変更します。
隔日更新は、無謀でした……。




