17話 『完勝』
中釜一つ分を作り終えたところで、杏は小休憩をもらった。
万能回復薬の半分は治療室へ、もう半分はテオが兵士に「傷にかける用。いつもの倍は効くと思う。くそ不味いけど、死にそうなやつには無理矢理にでも飲ませて」と言って渡していた。
パンを通常の万能回復薬で流し込む。
人の歩き回る音や誰かの叫ぶ声が聞こえて騒々しいが、悲鳴のようなものは聞こえない。
本当に、敵が来ているのだろうか。
休憩を終え、また万能回復薬を作り始める。
何回か作り終えた頃、段々と負傷した兵士達が治療室へ運ばれてきた。
治療室へ薬を運ぶ為、扉は開けたままだ。
血の臭いが入って来て、回復薬のにおいと混ざり、兵達の会話も所々聞こえる。
「アイツら馬鹿か!? 冬にあの人数で押し寄せるなんて」
「なんであんなに魔導士いるんだよ! 普通一人か二人だろうが!」
「おい、誰か、街がどうなってるか知らないか?」
「何も連絡はないらしいから大丈夫だ! ……多分」
「山に行ってた連中がやられたって聞いたか?」
「あぁ。まさかあのベンが……」
杏の手が止まった。
(ベンさんが『やられた』? …………死ん――)
「手が止まってる」
声をかけてきたのは、杏の護衛の一人であるディールだった。
「ディールさん?」
「魔道士の人手が欲しいって事でエドガーが呼ばれて、それで交代。……戦況は問題なさそうだけど、でも負傷者はまだまだ増えると
思う。お願い、手を止めないで。続けて」
その言葉に、杏は鍋に向き直る。
余計な事は考えるな、と自分に言い聞かせて魔力を込め続けた。
――――――
「お疲れ。薬はもう大丈夫」
鍋の万能回復薬を医療班に渡す。
布で漉しながら釜に入れられるそれをぼーっと見ていると、テオに肩を叩かれた。
「終わり、ですか?」
「そう。後はある分で回せる」
通常の万能回復薬を飲みながら作業をして、何時間経っただろうか。
窓から外の様子をうかがう。
日は少し西側に傾いていた。もう、昼過ぎなのか。
「後は……いや、大丈夫。君は少し休んでな」
それからディールに促されて、杏は近くの椅子に腰掛けた。
ずっと立ちっぱなしで足は痛く、鍋をかき混ぜ続けた腕は張っていた。
杏は、徐々に重くなってきた瞼を閉じた。
――――――
「アンさん、アンさん」
ディールに肩をゆすられ、目を覚ます。
いつの間にか寝ていたようだった。
開け放たれていた扉や窓は閉められ、椅子に座ったままの杏には厚手の布がかけられていた。
「えっと……」
「今は夜。防衛戦は終わって、負傷者の手当ても済んでるよ。それと、団長からの伝言。『君のおかげで最小限の被害で勝つことができた。感謝してもしきれない。本当にありがとう』だって」
「はぁ……」
杏の呆けたような反応にディールは苦笑する。
「寝ぼけてるのかな? 今日あった事、わかる?」
ディールの言葉に、杏は記憶を辿る。
思い返しているうちに、段々と頭もハッキリしてきた。
ふと、兵士の言葉を思い出す。
「っ! ベンさん、ベンさんは…………」
ディールは目を伏せた。
「戦死した。……行こうか。歩きながら説明するよ」
――――――
ディールに手渡された防寒用の外套を羽織り、砦の外に出る。
月には雲がかかり、松明の光だけを頼りにディールの後をついて歩いていく。
平地の中に、刺さったままの矢のような物や、何かの残骸が散らばっているのがうっすらと見えた。
「……ベンは――斥候隊は、ローテで山を巡回していたんだ。今日の担当が運悪く敵と遭遇して、ベン含む三人が死亡。断じて君のせいじゃない」
少し声のトーンを上げて、ディールが続ける。
「彼等が連絡をくれたおかげで、敵を迎え撃つ準備が充分にできた。即死の人間、重傷で間に合わなかった人間はもちろんいるけど、こんなに戦死者が少ないとは思わなかった」
ディールは杏を振り返る。
「アンさん、君は、胸を張っていいんだよ?」
感謝された。胸を張っていいと言われた。
嬉しい事のはずなのに、なぜか他人事のように感じてしまう。杏は「ありがとうございます」とだけ返し、歩みを進めた。
――――――
小高い丘に登ると、そこには既に大勢の人間が集まり、何かを囲むようにぐるりと立っていた。
後ろの方に立っていた人達が、二人に気づく。
「おい、背の低いのが来た。前開けてやれ」
その言葉をきっかけに、数人が道を開け、杏は促されるままに集団の前の方に移動する。
目の前には、穴が掘られていた。
杏は目を凝らしたが、松明だけでは中がよく見えない。
ふと、月にかかっていた雲が動き出した。
ちょうど、杏の反対側から明るくなっていき、穴の中も照らし出す。
人の足が見えた。
人が――遺体が、並べられている。
人と人の間に置かれているのは、乾いた植物だろうか。
光が遺体の腹部辺りまで達したところで、杏は逃げるように視線を上に逸らす。
すると、穴の反対側でロルフがただ立っているのを見つけた。
そのすぐ後ろには、エドガーの姿もあった。
杏はもう視線をどこに向ければいいのかわからず、目を瞑った。
ふと、カミルの声が耳に入る。
彼は追悼の言葉を述べ、戦死者達の名を挙げていった。
「――、ベン、――」
知っている名前だけが酷くはっきり聞こえて、思わずカミルの方を向く。
彼は視線を落とし、まっすぐ遺体を見つめていた。
「……君達の死は、決して無駄にしない。どうか、俺達を見守っていてくれ」
カミルはそう言い終えると、手に持っていた大きな松明に魔法で火を灯し、遺体の並ぶ穴へ投げ入れた。
魔法を使っているのだろうか。
火が不自然なほど早く、戦死者達を呑み込んでいった。
パチパチと爆ぜるような音がして、皮膚に熱が伝わる。
ふと、視線を炎の先――正面に向けると、ロルフがエドガーに頭を乱暴に撫でられ、その場に崩れ落ちるのが目に入った。
杏は、目をぎゅっと瞑った。
炎の明るさだけが、瞼の裏に焼きついた。
――――――
その日の夜、杏は机の引き出しにしまってあった小袋を持って、自室の扉を開けた。
廊下には、暗さで表情の読めないロルフが立っていた。
最後の部分を少し修正しました。




