第4章・第13話 王の沈黙
異変は確実に広がっていた。
西空域。
北観測区。
そして今度は東空域。
ギルドへ運び込まれる報告書は日に日に増え続けている。
アルはギルド長室の壁一面に広げられた地図を見つめていた。
赤い印が、次々と増えている。
「……増えてますね」
「ああ」
フェルドは険しい表情で頷いた。
「西だけじゃない。」
「北も東もだ。」
「しかも厄介なのは数だけじゃない」
フェルドは報告書を一枚手に取る。
「コラプトホーク。」
「コラプトレイヴン。」
「コラプトオウル。」
「本来なら縄張りが重ならない魔物達が、同じ空域で確認されている。」
アルは息を呑んだ。
「そんなことが……」
「普通ならあり得ない。」
フェルドの声は重い。
「空の生態系そのものが狂い始めている。」
部屋の空気がさらに張り詰めた。
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「王は何て?」
シルフィードが静かに尋ねた。
フェルドは一瞬だけ視線を落とす。
「……返答がない。」
その一言で部屋が静まり返る。
「返答が……?」
アルが聞き返す。
「ああ。」
「報告は毎日送っている。」
「だが、一通も返ってこない。」
それは明らかな異常だった。
オルニス王ヴァルディオン。
彼は誰よりも情報を重んじる王。
どれほど忙しくても、現場からの報告だけは必ず目を通し、自ら判断を下してきた人物だった。
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「忙しいとか……」
アルが小さく口にする。
「あり得ない。」
シルフィードは即座に否定した。
「王様は、どんな状況でも返事だけは返す人。」
「それが王様だから。」
その表情には隠しきれない不安が浮かんでいた。
「最近、お会いしたのは?」
フェルドが尋ねる。
「……三週間前。」
シルフィードはゆっくりと思い返す。
「その時は、いつも通りだった。」
「少なくとも私は、そう思ってた。」
少しだけ俯く。
「だからこそ……」
「こんなことになるなんて信じられない。」
部屋は再び静まり返った。
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アルは地図へ視線を戻す。
赤い印は王城を避けるように周囲へ広がっている。
「……そういえば。」
二人がアルを見る。
「俺達が空域を回った時。」
「王城周辺だけ、ほとんどコラプトが現れませんでした。」
フェルドが眉をひそめる。
「確かに……。」
「偶然とは思えないな。」
シルフィードも地図を見つめる。
「王城で何かが起きている……?」
その誰もが同じ答えへ辿り着いていた。
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「会いに行こう。」
シルフィードが決意を込めて言う。
フェルドも力強く頷いた。
「俺もそう思っていた。」
「明日、王城へ向かう。」
アルも頷く。
「俺も同行します。」
「お願いします。」
シルフィードは迷わず答えた。
「今は一人でも力を借りたい。」
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その日の夕方。
アルは王都の高層展望路を歩いていた。
吹き抜ける風は心地良い。
青空も。
街を飛び交う鳥達も。
市場の賑わいも。
すべてがいつも通りだった。
なのに。
胸の奥だけが静かにざわついている。
『くぅ……』
クウも小さく鳴いた。
「同じこと考えてる?」
アルが苦笑すると、
クウは身体を揺らして答える。
「嫌な予感……だよね。」
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その時だった。
遠く。
王城の方角。
黒い靄のようなものが、一瞬だけ空を覆った気がした。
アルは目を凝らす。
しかし次の瞬間には消えていた。
「……気のせい?」
誰も騒いでいない。
街の人々も気付いていない。
だが。
アルの胸騒ぎだけは消えなかった。
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王城最上階。
王の執務室。
そこには一人の男が立っていた。
オルニス王。
ヴァルディオン・オルニス。
机の上には未処理の報告書が積み重なっている。
いつもなら、その日のうちに目を通すはずの書類。
だが。
一枚たりとも開かれていなかった。
ヴァルディオンの瞳は虚ろに揺れている。
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「……近い。」
男が呟く。
誰もいない部屋。
それでも。
返事をする声があった。
『近い。』
『もうすぐだ。』
黒い靄がゆっくりと揺れる。
ヴァルディオンの瞳が濁る。
「無色……。」
かすれた声が漏れる。
そして。
「……あと、一人。」
その言葉だけが静かに部屋へ響いた。
黒い靄は満足そうに揺らめく。
誰を待っているのか。
誰を求めているのか。
その答えを知る者は、まだ誰もいなかった。




