第4章・第8話 風の双剣
オルニスの朝は早い。
アルがギルドへ向かう途中。
遠くから金属音が聞こえてきた。
カン―――ッ!
鋭い音。
一度だけではない。
何度も。
何度も。
規則正しく響いている。
「訓練場ですか?」
アルが呟く。
「そうだよ」
隣を歩くシルフィードが答えた。
「行ってみる?」
「依頼はいいんですか?」
「まだ時間あるし」
そう言うと、シルフィードは勝手に方向を変える。
「決定なんですね」
「決定」
アルは諦めて後を追った。
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訓練場。
そこには多くの兵士や冒険者が集まっていた。
その中心。
二本の剣が風を切る。
速い。
アルですら目で追うのが難しい。
一歩。
二歩。
いや。
気付けば十歩先へ移動している。
そんな感覚だった。
二本の剣が、同時に別の軌道を描く。
片方は相手の動きを止めるように。
もう片方は逃げ道を塞ぐように。
ただ速いだけではない。
相手の動きに合わせて、次の動きを置いている。
風のように軽く、刃のように鋭い。
「相変わらず速いなぁ」
シルフィードが呟く。
男が剣を止めた。
短い銀髪。
細身の体。
だが全身に無駄がない。
息もほとんど乱れていなかった。
「シルフィードか」
「おはよー」
男の視線がアルへ向く。
「そいつが無色か」
「アルです」
アルは頭を下げた。
「初めまして」
男は数秒黙った。
そして小さく頷く。
「ハルトだ」
「よろしく」
それだけだった。
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「相変わらず愛想ないなー」
「必要ないからな」
「ほら」
「初対面だよ?」
「だから何だ」
シルフィードが肩をすくめる。
アルは少し苦笑した。
なんとなく分かる。
この人は人付き合いが苦手なだけだ。
冷たいというより、言葉が少ない。
必要なことだけを言う人なのだろう。
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「強いですね」
アルが言う。
ハルトは訓練用の双剣を見た。
「普通だ」
「普通ではないと思います」
「そうか」
会話が続かない。
シルフィードが吹き出した。
「ハルト」
「もう少し会話しようよ」
「している」
「それは会話って言わない」
ハルトは少しだけ考える。
そして、アルを見た。
「剣を使うのか」
「はい」
「なら、見れば分かるだろう」
「何がですか?」
「無駄が多い」
アルは一瞬固まった。
シルフィードが慌てて口を挟む。
「ちょっと、初対面でそれは言い方」
「事実だ」
「だから言い方」
アルは自分の剣に視線を落とす。
不思議と、嫌な感じはしなかった。
ハルトの言葉には、馬鹿にする響きがなかったからだ。
ただ見たことを言った。
それだけ。
「どの辺りですか?」
アルが尋ねる。
ハルトは少しだけ目を細めた。
「踏み込み」
「踏み込み?」
「力を入れる前に、体が先に教えている」
「相手が慣れていれば読まれる」
アルは思わず息を呑んだ。
短い言葉。
けれど、的確だった。
シルフィードが少し楽しそうに笑う。
「ほらね」
「愛想はないけど、見る目はあるんだよ」
「余計だ」
「褒めてるよ?」
「半分くらいだろ」
「よく分かってる」
ハルトはため息をついた。
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訓練場の端で、ハルトは再び双剣を構えた。
「一度だけ見るか」
「いいんですか?」
「口で説明するより早い」
ハルトの足が動いた。
軽い。
地面を蹴ったように見えない。
風に押されたように、身体が前へ出る。
右の剣が先に走る。
相手が反応した瞬間、左の剣が別の角度から入る。
受ければ崩される。
避ければ追われる。
どちらを選んでも、次の動きが用意されている。
アルは目を凝らした。
速さだけではない。
相手の動きを先に読んでいる。
そこへ自分の剣を重ねている。
「すごい……」
思わず声が出た。
ハルトは剣を止める。
「速く動けばいいわけじゃない」
「相手がどこへ動くかを見る」
「逃げ道を残すな」
「でも、詰めすぎると自分も動けなくなる」
「だから、風を残す」
アルは首を傾げた。
「風を残す?」
「言葉のままだ」
ハルトはそれ以上説明しなかった。
シルフィードが苦笑する。
「そこで説明やめるんだ」
「十分だろ」
「全然足りないと思うけど」
アルは少し笑った。
「でも、なんとなく分かる気がします」
ハルトはアルを見た。
「ならいい」
やはり、会話はそこで終わった。
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その時。
ギルド職員が訓練場へ駆け込んできた。
「ハルトさん!」
「また出ました!」
場の空気が変わる。
ハルトの目が鋭くなる。
「場所は」
「西空域です!」
「規模は」
「中級と思われます!」
周囲の兵士たちがざわつく。
シルフィードの表情からも、笑みが消えた。
「また……」
アルはその変化を見逃さなかった。
ただの魔物の発生ではない。
この国で、何かが続いている。
ハルトは即座に双剣を腰へ収めた。
「行くぞ」
「え?」
アルが反応するより早い。
ハルトは振り返る。
「依頼だ」
「来るか」
短い言葉。
だが、その目は真剣だった。
アルは頷いた。
「行きます」
シルフィードも前へ出る。
「私も行く」
ハルトは一瞬だけシルフィードを見る。
「危険だ」
「分かってる」
「なら止めない」
「そこは少し心配してくれてもいいんじゃない?」
「している」
「顔に出ないね」
「必要ない」
シルフィードは肩をすくめた。
けれど、その口元には少しだけ笑みがあった。
二人の間には、短いやり取りだけで通じるものがある。
アルには、そう見えた。
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訓練場の空気が、完全に変わっていた。
兵士たちは装備を整え、冒険者たちは指示を待つ。
ハルトは迷わず歩き出す。
その背中に、二本の剣が揺れている。
風の双剣。
無愛想で、言葉は少ない。
けれど、その強さは本物だった。
アルはその背中を追う。
シルフィードも隣に並んだ。
『くぅ』
クウが小さく鳴く。
アルは王都の空を見上げた。
西空域。
そこに現れた中級コラプト。
その脅威が、少しずつオルニスへ近づいていた。




