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無色と十二の旅(アルとジュウニのシルシ)  作者: Matyu
第4章:翠色の空(アルのフライト)
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第4章・第7話 風の記憶

警戒鐘が鳴った翌日。


アルはギルドで依頼掲示板を眺めていた。


コラプト討伐依頼。


警戒任務。


調査依頼。


最近は、異変関係の依頼が増えている。


どれも、空に関わるものばかりだった。


西空域の警戒。


通信結晶の不調確認。


小型コラプトの目撃調査。


空路周辺の巡回。


アルは一つずつ依頼内容を確認していく。


「真面目だなー」


聞き慣れた声がした。


振り返ると、シルフィードがいた。


「依頼確認です」


「そんなの朝から見るもの?」


「見ると思います」


「オルニスだと少数派」


「そうなんですね」


「そうなの」


シルフィードは笑いながら、向かいの席へ座った。


『くうー』


クウもアルの肩の上で鳴く。


シルフィードはクウに手を振った。


「おはよう、クウ」


『くぅ』


「ちゃんと挨拶できて偉いね」


「僕より褒められてませんか?」


「アルは真面目だから、褒めなくても大丈夫かなって」


「それは理由になっていますか?」


「なってるなってる」


シルフィードは軽く笑った。


アルは苦笑しながら、もう一度掲示板を見る。


「でも、本当に増えていますね」


「依頼ですか?」


「はい」


アルは依頼書の一枚を指した。


「昨日も警戒鐘が鳴りましたし、空の異変に関するものが多いです」


シルフィードの表情が、少しだけ真面目になる。


「うん」


「最近、増えてる」


「前からこんな感じだったんですか?」


「まったくなかったわけじゃないよ」


シルフィードは窓の外へ目を向けた。


ギルドの窓からは、オルニスの空が見える。


高く広がる青空。


風に乗って飛ぶ鳥族たち。


遠くを行き交う小さな影。


一見すれば、穏やかな朝だった。


「オルニスは空の国だから」


「風が乱れることもあるし、空路の確認依頼も珍しくはない」


「でも、最近のは少し違う」


「違う?」


アルが尋ねる。


シルフィードは頷いた。


「ただの風の乱れじゃない」


「何かが、空の奥で引っかかっているみたいな感じ」


アルは窓の外を見た。


青い空。


白い雲。


その向こうに、目では見えない何かがある。


そんな気がした。


「シルフィードさんには分かるんですか?」


「はっきり分かるわけじゃないよ」


シルフィードは少し困ったように笑う。


「でも、ずっとこの国の空を見てきたから」


「昔の風と、今の風が違うことくらいは分かる」


「昔の風……」


アルは呟いた。


シルフィードは窓の外を見たまま、少しだけ目を細める。


「昔のオルニスの空は、もっと軽かった気がする」


「どこまでも飛んでいけるような」


「風が、行き先を決めつけないような」


アルは黙って聞いていた。


「今の空も綺麗だよ」


「でも、時々思うんだ」


「綺麗なのに、少し窮屈だなって」


その言葉は、軽い冗談ではなかった。


シルフィードの横顔には、巫女としてこの国を見つめる真剣さがあった。


アルは依頼掲示板へ視線を戻す。


増えている依頼。


繰り返される警戒。


空に現れる異変。


それらは、ただの偶然ではないのかもしれない。


『くぅ……』


クウが小さく鳴いた。


アルはクウを見る。


「クウも、何か感じる?」


クウは窓の外を見つめていた。


いつものように元気よく鳴くのではなく、じっと空を見ている。


シルフィードもその様子に気づいた。


「クウも、空が気になる?」


『くぅ』


短い鳴き声。


それだけだった。


けれど、アルには少しだけ不安そうに聞こえた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「それで、今日はどの依頼を見るつもり?」


シルフィードが尋ねた。


アルは掲示板へ向き直る。


「まだ決めていません」


「ただ、異変関係の依頼を確認しておこうと思って」


「真面目だね」


「さっきも言われました」


「何度でも言うよ」


シルフィードは笑う。


「でも、助かる」


「助かる?」


「うん」


シルフィードは依頼書を一枚手に取った。


「こういう小さな異変って、見過ごされやすいから」


「大きな被害が出てからじゃないと、みんな本気で動けない」


「でも、本当はその前に気づかないといけないんだよね」


アルは頷いた。


「だから、依頼が出ているんですね」


「そう」


シルフィードは依頼書を戻す。


「ギルドも、天空観測統制域も、最近はずっと動いてる」


「でも、全部を追いきれているわけじゃない」


「天空観測統制域……」


アルはその名前を口にした。


「空を観測する施設ですよね」


「うん」


「空路、通信、気流、異常反応」


「そういうものを見てる場所」


「オルニスにとっては、かなり重要な施設だよ」


シルフィードの声は落ち着いていたが、その表情にはわずかな緊張があった。


「そこでも、異常が?」


「増えてるみたい」


「細かい報告までは、全部こっちに来るわけじゃないけど」


「最近、神殿にも確認が入ることがある」


アルは少し考える。


「空の異変が、国全体に関わるかもしれないからですか?」


「うん」


シルフィードは頷く。


「風が乱れれば、空路が乱れる」


「空路が乱れれば、人も物も動きにくくなる」


「通信が乱れれば、助けを呼ぶのも遅れる」


「オルニスにとって、空の異変はただの自然現象じゃない」


アルは依頼掲示板に並ぶ紙を見つめた。


一枚一枚は、小さな依頼に見える。


けれど、それらはすべて空へ繋がっている。


この国を支える風へ。


「だったら、放っておけませんね」


アルが言う。


シルフィードは少しだけ笑った。


「やっぱり真面目」


「それしか言ってませんよ」


「便利だから」


「便利に使わないでください」


シルフィードは楽しそうに笑った。


その笑い声に、ギルドの空気が少しだけ軽くなる。


けれど、窓の外の空は、どこか落ち着かなかった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


しばらくして、ギルド職員が掲示板の前へ新しい依頼書を貼り出した。


周囲の冒険者たちが少しざわつく。


アルもその依頼書を見る。


西空域。


小型コラプト複数確認。


周辺巡回強化。


危険度はまだ高くない。


だが、連続発生の可能性あり。


「また西空域……」


シルフィードが小さく呟いた。


「多いんですか?」


「最近はね」


「前はここまで続かなかった」


アルは依頼書を見つめる。


「これも、空の異変と関係しているんでしょうか」


「分からない」


シルフィードは首を横に振った。


「でも、無関係って決めつけるのは早いと思う」


その時、クウが肩の上で身体を起こした。


『くぅ』


短く鳴いて、窓の外を見る。


アルもつられて外を見た。


空は青い。


けれど、遠くの雲がわずかに歪んで見えた。


ほんの一瞬。


見間違いかと思うほどの変化。


だが、アルの胸に小さな違和感が残った。


「今……」


「見えた?」


シルフィードも同じ方を見ていた。


「雲が、少し変でした」


「うん」


シルフィードの表情が引き締まる。


「やっぱり、何かある」


アルは依頼掲示板へ目を戻した。


小さな依頼。


小さな違和感。


それらが少しずつ重なっている。


オルニスの空は、まだ穏やかに見える。


けれど、その奥で何かが動き始めていた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


その頃。


天空観測統制域。


広い観測室では、職員たちが慌ただしく動いていた。


並ぶ通信結晶。


空を映す観測盤。


記録を読み上げる声。


「西空域、反応増加」


「小型コラプト、複数確認」


「空の流れに乱れあり」


「昨日の警戒鐘と同系統の反応です」


職員たちの声には、緊張が混じっていた。


一人の観測員が、盤面を見つめたまま息を呑む。


「待ってください」


「奥に、別の影があります」


別の職員が振り返る。


「別の影?」


「大きいです」


「小型ではありません」


観測盤の奥。


雲のさらに向こう。


薄く、黒い影が映る。


はっきりした姿ではない。


けれど、その大きさだけは分かった。


観測室の空気が、一瞬で張り詰める。


「記録を取れ」


「ギルドへ報告」


「神殿にも確認を」


「西空域の警戒を強めろ」


誰かが低く呟いた。


「また現れたのか……」


増え続ける異常報告。


乱れる空。


そして、空域の奥で確認された巨大な影。


オルニスの空は、


確実に異変へ近づいていた。

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