第3章・第18話 濁流の王
地下広場。
静寂。
倒れ伏す神殿護衛。
気絶した王城護衛。
砕けた石床。
碧い水。
黒い濁流。
その中央。
立っていたのは――
アル。
レイオス。
ミレーナ。
そして。
王。
黒い濁流が、
王の周囲を静かに漂っていた。
誰も動かない。
重い沈黙。
やがて。
王がゆっくり口を開いた。
「……水巫女」
ミレーナが身構える。
王の瞳は濁っていた。
だが。
その奥に、
僅かな理性が残っている。
「お前達は……」
「まだ、
気付いていないのか」
低い声。
濁った魔力が揺れる。
レイオスが槍を構える。
「何を言ってる」
王はゆっくりアルを見る。
その瞬間。
アルの背筋へ悪寒が走った。
王が呟く。
「……似ている」
「やはり」
「無色は、
再び現れたか」
ミレーナが目を見開く。
レイオスも眉を寄せる。
アルが剣を握り締めた。
「……無色を知ってるのか」
王が笑う。
乾いた。
壊れた笑い。
「知っているとも」
「我々は、
“あれ”を見た」
空気が変わる。
地下広場の温度が下がる。
黒い濁流が、
ゆっくりと広がった。
王の瞳が揺れる。
「黒い絶望」
「終わらぬ侵食」
「世界を呑み込む淀み」
「……あれは、
神などではない」
ミレーナの顔色が変わる。
「まさか……」
王は続ける。
「古き記録には残されていた」
「無色」
「全てを侵す終焉」
「世界を崩す災厄」
アルが王を睨む。
「……兄さんを、
どこまで知ってる」
その瞬間。
王が笑った。
「優秀だった」
「適合率も高かった」
「だから選ばれた」
「無色神の依代として」
アルの表情が険しくなる。
だが。
王は止まらない。
「既に深く侵食されている」
「器は完成へ近付いている」
地下広場の空気が凍った。
ミレーナの瞳が揺れる。
脳裏へ。
次々と、
レオンとの記憶が浮かんだ。
学園中庭。
夕暮れ。
噴水の前で笑っていた姿。
『ミレーナ先輩って、
気付いたら周りまとめてるよな』
そう言って、
笑っていた声。
訓練場。
水術実技後。
びしょ濡れになった後輩達へ、
レオンが笑いながらタオルを投げていた。
『風邪引くぞー』
誰より自然に人の輪へ入って。
誰より自然に周囲を笑わせていた。
ある時は。
神殿講義帰り。
大量の資料を抱えていたミレーナへ、
何も言わず半分持っていった。
『先輩、
抱え込み過ぎ』
そう言って笑った背中。
またある時は。
水術演習で失敗し、
落ち込んでいた下級生へ。
『失敗出来る内に失敗しとけ』
『その方が後で強くなる』
そう言って頭を撫でていた。
誰より強かった。
なのに。
誰より人を見ていた。
ミレーナの手が震える。
「……違う」
小さな声。
だが。
王は止まらない。
「お前達は、
まだ救えると思っているのか?」
「既に、
あの少年は――」
「無色神へ近付き過ぎた」
ミレーナが震える声を漏らす。
「……レオン様は」
「そんな方じゃ……」
王がゆっくり視線を向ける。
「水巫女」
「お前も見ただろう?」
「王族達を侵した、
この淀みを」
黒い濁流が揺れる。
「これは始まりに過ぎん」
「既に各国へ広がっている」
「世界は終わる」
「だから王族は選んだ」
「抗うのではなく」
「新たな神へ従う事を」
その瞬間だった。
「――ふざけんな」
低い声。
空気が震えた。
レイオスだった。
槍を握る手へ、
異常なほど力が入っている。
王が視線を向ける。
レイオスの瞳には、
明確な怒気が宿っていた。
「レオンは、
そんな簡単に折れる奴じゃねぇ」
王が笑う。
「ならば何故、
戻って来ない」
「何故、
五年も姿を見せない」
その言葉で。
レイオスの表情が歪んだ。
「……っ」
だが。
次の瞬間。
槍先が王へ向けられる。
「俺は知ってる」
低い声。
「レオンは最後まで、
人を見捨てねぇ」
脳裏へ浮かぶ。
学園時代。
上級生相手にも笑って向かっていった姿。
無茶な訓練で倒れた後輩を、
最後まで背負っていた背中。
誰より強かったくせに。
誰より先に人を気にしていた男。
レイオスが歯を食いしばる。
「だから」
「勝手に終わった事にしてんじゃねぇ」
地下広場へ怒気が響く。
黒い濁流が揺れた。
だが。
アルだけは、
王を睨み続けていた。
「……兄さんは生きてる」
王の瞳が揺れる。
アルは剣を握り締める。
「絶対に、
諦めてない」
碧紋章が輝く。
「だから僕が連れ戻す」
沈黙。
やがて。
王の口元が歪む。
「ならば証明してみろ」
「無色の継承者よ」
次の瞬間。
黒い濁流が爆発した。




